【松田悟志インタビュー】仮面ライダー俳優も芸能生活25周年。舞台にドラマに絵に、好きを極める生きざま

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今から22年前、『仮面ライダー龍騎』(テレビ朝日系)の秋山蓮を演じて人気を集めた、俳優の松田悟志さん。

以来、さまざまな作品に出演し、着実にキャリアを積み重ねながら、なんと今年、芸能生活25周年を迎えます。

節目の年を迎えた今の思いや、来月に控えている大きな舞台の裏話、近年注目を集めている絵の腕前について、さまざまな才能を発揮している松田さんに、お話を伺いました。

6月から8月まで、2つの大きな舞台を控えた今の心境

『中村雅俊芸能生活50周年記念公演』作品紹介

明治座(東京)で上演される、中村雅俊さんの芸能生活50周年記念公演。公演期間は2024年6月2日~18日。第1部『どこへ時が流れても~俺たちのジュークボックス~』は、中村さんの故郷・宮城県を舞台に繰り広げられる、歌って踊って笑って泣けるハートフルコメディ音楽劇。古き良き昭和のメロディに乗せながら軽快なタッチで描かれるオリジナルストーリーです。

第2部『MASATOSHI NAKAMURA LIVE – look back with smile , look ahead with pride.-』は中村雅俊さんの特別なライブステージ。出演は中村雅俊さん、松田悟志さんのほか、コロッケさん、久本雅美さん、小川菜摘さん、田中美佐子さんと個性豊かなベテラン揃い。

―6月に、中村雅俊さんの50周年記念公演に出演されますね。大きな舞台ですが、出演のきっかけから聞かせてください。

松田悟志(以下、松田):実は(中村)雅俊さんは、事務所の先輩であり、マネージャーも一緒というご縁がありまして。

マネージャーから今回の公演の話を耳にしたので、とんでもないキャリアをもつベテラン俳優の華々しい姿を間近で見られるチャンスと思い、「ぜひ参加させてほしい」と、僕から出演を頼み込んだんです。

キャストからコメディ要素が強そうに思われるかもしれませんが、ストーリーの中心は重くて、笑いつつも泣ける話で、何度も脚本を読んでいる僕ですら、毎回泣いてしまうほど。

いつも元気に頑張っている人が、時には元気を失い、悲しみに暮れるときがある。それでも、また立ち上がって歩き出す。そういう人の弱さと強さが余すところなく描かれているので、すべての世代の人に見てほしいです。

―キャストも個性的な方ばかりですよね。

松田:雅俊さんはめちゃくちゃフランクでおおらかな方で、「おっ、よろしくね!」と言われただけです(笑)。

僕は久本雅美さんとの出番が多いんですが、「ここは私が笑いを取れるから、私に思いきりやらせて」なんてグイグイ来られるんで、頼もしくもあり、うかうかしていたら僕の出番が薄まっちゃうなという焦りもあり(笑)。

ベテランの実力を肌で感じるいい機会ですよね。すごく刺激をもらっています。

―松田さんは、この舞台のあとに、7月にはアイドルグループ・IMP.の影山拓也さんが主演する舞台にも出演が決まっていますよね。

松田:そうなんです。舞台『星列車で行こう』(※)は、主演の影山さんとともに、松村龍之介さんと僕が出ずっぱりのような感じ。しかも設定はまさかの同年代(笑)。

45歳の僕が20代の役を演じるわけです、これができちゃうのが舞台の面白いところなんですが(笑)。

若いファンの方々にとっては、僕なんかお父さんくらいの年齢ですよね?だからこそ、いい意味で「お父さんと同年代の人がここまでやれちゃう!?」って思ってほしいから、頑張ろうと思ってます。

※IMP.影山拓也 初単独主演『星列車で行こう』(2024年7月27日~8月19日に京都・南座、8月23~26日に愛知・御園座で上演)

―影山さんはどんな方ですか。

松田:とにかくキラキラした方です!そして、声がすごく素敵で背が高い。男性アイドルの方で、ここまで身体的存在感を感じた方は初めてかもしれない。

ちなみに今回の舞台は、坂東玉三郎さんが演出を務められるんですが、玉三郎さんは今から12年前、舞台『日本橋』で相手役として共演させていただいて以来のお仕事で。

舞台で演技するとはどういうことかをきっちり仕込んでいただいた恩人が演出する舞台に立たせていただけることも、本当に光栄だと思っています。

日本と海外のファンに支えられて、芸能生活25周年

―そういえば、松田さんは今年、芸能生活25周年とお聞きしました。

松田:実はそうなんですよ。25周年という節目の年に、なんだかウキウキしちゃって、「ファンイベントをやりたいです」「記念グッズを作ろうかな」なんて浮かれてたんですけれど、すぐ隣に50周年の大先輩がいると気付いて、「テンション上がっちゃってすみませんでした」って気持ちになっちゃいました(笑)。

―謙虚ですね!

松田:25年なんて、淡々と俳優をやっていればあっという間だって思うでしょ?でもね、僕、いやというほど分かっています。

今ここに自分があることは、ファンの皆さんと、支えてきてくれたスタッフの方々のおかげだということを。

だって、何千人もの人が、僕と同時期に芸能界デビューしたんですよ。でも、同期は年を経るごとに減っていきました。

演技は僕よりうまいのに、別の理由で作品に恵まれなかった人。本人は続けたいのに、実家に戻らなくてはいけなくなった人…。いろんな仲間を見てきて、僕は恵まれていたと思っています。

特に、『仮面ライダー龍騎』(2002年)に出演できたのは本当に大きかったと思います。今でもあの頃のファンの方が、ファンクラブの中心になって支えてくれています。

僕らの仕事って、自分が続けたいから続けられるわけではないと思うんですよ。応援してくださる方がいなくなったらそこで終わり、求められなくなったら終わりという仕事なので、自然と“ここまで続けさせてくださってありがとうございます”という気持ちになりますね。

特に最近、20代のファンの方が増えているんです。子どもの頃に『仮面ライダー龍騎』を見ていた世代が社会に出始めていて、「仕事でキャスティングを任されたので、松田さんにオファーしました」という方が最近結構いらっしゃるんですよ。

そういう方々とお仕事するときに「うわ、老けたな!」って思われたくないから、若くいるための努力はしなくちゃと思って体だけは鍛えてます(笑)。

―『仮面ライダー龍騎』のファンは、日本のみならず、アジアにも多くいらっしゃるそうですね。

松田:2年前だったかな。『仮面ライダー龍騎』が20周年だと思って『仮面ライダーのなり方』という自叙伝小説を書き、製本して手売りで全国行脚した流れで、足を延ばして台湾に行かせていただきました。

特撮大好きな方が集まってくれて、イベント自体は大成功だったんですが、空港で別れ際に、台湾のファンの方が「松田さん、数か月後に中国に行きますよね」って僕に言うんです。

「今、中国のネットには、“なんで松田さんは中国より先に台湾に行ったんだ”っていうコメントがたくさん書き込まれています。だから、松田さんが中国に行ったときに、心無い言葉をかけてくる人、意地悪をする人がいるかもしれない。

でも、たとえどんなことを言われても、絶対に彼らに優しくしてあげてください。その人たちは、僕たちと同じように特撮が好きで、松田さんが好きで、松田さんに会いたくて集まっているだけなんですから」って。

そんなこと、考えてもいなかったから頭を殴られたような衝撃でした。「わかりました、何を言われても僕は必ず彼らに優しく接します。あなたからもらった思いを、中国のファンのみなさんに大切に届けます」って言いました。

その後、中国全土を7カ所くらい回ることになりましたが、嫌味を言われるどころか、どこでもウェルカム!香港にも行きましたが、そこでも大歓迎していただきました。

それで思ったんです。政治情勢が緊迫しているアジアですが、そこで暮らしている1人1人はただ一所懸命に自分の人生を歩まれていて、会場に来て下さる方は純粋に、特撮が好きなファンの方なんだというだけのこと。

僕は現在45歳で、人生はもう折り返し。もちろん人生をかけた仕事として俳優は続けていくけれど、それとは別に、今まで培ったもので海外に行って、アジアの架け橋のような存在にいずれなっていきたいなと思って、今年も様々な国や地域に行きたいと考えています。

得意の絵を武器に芸術短大に進むも、俳優に方向転換。好きを極める人生

―松田さんは『プレバト!!』(TBS系)でも、絵のうまさが話題になっています。

松田:小さい頃、母子家庭だったので、留守番の寂しさを紛らわすために絵を描いていたのが始まりで。小学生のとき、図工の時間にスニーカーの模写をしていたら、先生に「みんな、こいつの絵、すごくうまいぞ」って褒められて、恥ずかしくなって絵をくしゃくしゃに丸めちゃいました。

何をしてもかなわないと思っていた親友に褒められて自信になり、どんどん絵を描き、風景画を描けば市のコンクールで入賞したりと。絵は、僕にとって唯一の武器だったんです。

だから、大学では芸術方面に進みたくて、母に頼んで高校で受験のための美術学校に入り、積み重ねたケント紙が肩に届くほどデッサンしました。その経験のおかげで今、絵が描けています。

―その後、京都芸術短大に進まれたのに、結局俳優の道を選ばれたんですよね。

松田:結局、絵の学部は受からず、ファッションデザイン学科に入学しました。ヨウジヤマモトが大好きだったから、卒業後は服のデザイナーになろうと思っていました。

その頃たまたま受けたジュノン・スーパーボーイ・コンテストの出場がきっかけで、短大在学中に三池崇史監督にスカウトされ、ドラマに出ることになりました。

俳優をやってみたら、これがめちゃくちゃ面白くて。なんかね、服をデザインするのと演じる過程が、すごく似ていたんですよ。

服の生地を選んで、デザインを描いて、製図を引いて、人に着せて人前で発表する。

セリフを読んで、物語を想像して、セリフを覚えて役作りをして、現場に立ってカメラの前で演じる。

どこが似ているんだって思うでしょ?でも僕の中では、デザイナーも俳優業も、頭の使い方が全く同じでした。

しかも俳優のほうが性に合ったんです。現場がホント楽しくて、このままこの世界で生きていけたらどんなにいいか。そう思って三池監督に相談して、この業界に入ることができました。

―松田さんのすごいところは、俳優にとどまらずいろいろな趣味や特技をお持ちなことです。

松田:オタクなんですよ、それも徹底的なオタク(笑)。釣り好きは小型船舶免許を取るまでやる。サウナ好きも、サウナ・スパプロフェッショナルの資格をとるまで。絵も個展を開くまで。そして執筆活動…。

「なぜ松田の趣味だけ仕事に繋がるのか」ということが事務所内で議論になったのですが、実際に何度も聞き取りもされた中で僕が最終的にしぼり出した答えは「愛ゆえに」でしたね。結局、好きこそものの上手なれ、なんだと思います。

―今年は松田さんにとって、25年という節目の年でもありますが、これからの展望を教えていただけますか。

松田:僕より若い方でも、すごいなと思う人はたくさんいて、まだまだ人の手を引っ張り上げている段階ではないなと思います。まだまだ自分が伸びなきゃって。

『正直不動産2』(NHK)で演じた黒須のような、めちゃくちゃコミカルな演技も僕の得意分野だと思っているので、ああいう役も挑戦していきたいですし、ファンの方には絶対に退屈してほしくない。

とにかく「好きを貫く」で進んでいきたいです。50周年までは、僕は生きていられないかもしれないけれど(笑)。

松田悟志(まつだ さとし)プロフィール

1978年12月16日生まれ、大阪府出身。ジュノン・スーパーボーイ・コンテストに出場したことをきっかけに、美術短大在学中に俳優デビュー。主な出演作に、『仮面ライダー龍騎』(テレビ朝日系)、『ごくせん』(NTV系)、大河ドラマ『龍馬伝』、連続テレビ小説『てっぱん』ほか多数。趣味はルアーフィッシング、サウナ(サウナ・スパプロフェッショナル)。特技は絵画(『プレバト!!』色鉛筆名人、水彩画特待生)、執筆、ボルダリング、バスケットボールほか。NHK文化センターで「松田悟志の大人の塗り絵教室」の講師も務める。

松田悟志オフィシャルサイト
●X @Matsuda_satoshi
●インスタグラム @matsuda_satoshi1216
●YouTube  松田悟志 公式チャンネル

取材・文:小澤彩/撮影:天倉悠喜

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