【映画『辰巳』小路紘史監督×後藤剛範対談】ジャパニーズ・ノワールの名手、小路監督最新作のこだわりや情熱とは

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この4月から全国順次公開になる映画『辰巳』。2016年公開の前作『ケンとカズ』で数々の映画賞を受賞した小路紘史監督の2作目とあって、かなり注目度の高い作品です。

自主制作にこだわり、監督の私財とクラウドファンディングで集めた資金で制作を完遂。2019年から足かけ5年という制作期間を経て公開されるこの時期に、小路紘史監督と出演者の後藤剛範さんに対談をお願いしました。映画制作にかける情熱と、お互いへの思いとは―――。

『辰巳』映画概要

裏稼業で働く孤独な辰巳(遠藤雄弥)は、ある日元恋人・京子(龜田七海)の殺害現場に遭遇する。一緒にいた京子の妹・葵(森田想)を連れて、命からがら逃げる辰巳。片や、最愛の家族を失い、復讐を誓う葵は、京子殺害の犯人を追う。生意気な葵と反目し合いながらも復讐の旅に同行することになった辰巳は、彼女に協力するうち、ある感情が芽生えていく。

後藤さん演じる「後藤」は、とある工場の経営者で、主人公の辰巳と険悪な関係。ストーリーが進むにつれ、辰巳との関係性が徐々に変化するのも見どころのひとつ。

自主制作で「いい映画」を作りたい、その思いでクラウドファンディングも募る

小路紘史監督

―いよいよ映画が公開になりますね。当初は 2020年ごろに公開予定と聞いていましたが、ようやくこの春、スクリーンで見ることができます。

小路紘史監督(以下、小路):公開が遅れた理由にはコロナもあったのですが、追加撮影や再撮影を何度も繰り返したという理由もありました。すでに撮ったシーンを撮影しなおしたり、追加でシナリオを書き直して撮影したりと、普通の商業映画ではできないような撮影の仕方で完成させたっていうのがありますね。後藤さんにも何度か再撮に来てもらいましたよね。

後藤剛範さん(以下、後藤):そうですね、自分も何度か追撮しました。

小路:大変ではあったのですが、いいものを作りたい、粘って完成させたいという気持ちがそもそも自主制作にこだわった理由だったので、そこは譲れませんでした。商業映画だと、追加撮影も撮影期限も、自由にはできないですから。

前作の『ケンとカズ』以来、「一緒に作品を作りましょう」というオファーはあったものの、商業映画となると、どうしても撮影日数や起用する俳優など、制約が多くなります。自分でお金を出して、責任も全部自分がとるというスタンスで、言い訳できない環境で2作目までは撮影したいと思っていて。

そうやって作ったほうが、いいものができるはずだと思っていたんですよね。自分の稼いだお金を撮影費に回したり、クラウドファンディング等、いろいろな人に助けてもらったりしながら撮影したので、みんなでこの1本の映画を作り上げたっていう実感がすごくあります。

後藤:自分の俳優としての経験からも、小路監督がどれだけ珍しくて難しいことをやっているかわかります。さまざまなしがらみを取っ払ってどこまでやれるのか。この作品を見れば、自主映画にこだわった結果は出ていると思いますよ。

ジャパニーズ・ノワールの撮影の舞台裏は

―ヤクザな世界を舞台にした映画を撮られているのに、監督の人当たりが優しいのでびっくりしました。どうしてジャパニーズ・ノワールを描こうと思われるんでしょうか。

小路:自分がやりたいのがこのジャンルなんでしょうね。犯罪って自分とは縁がない世界だから、逆に関わりのない分、興味を持ってしまうというか。

幼稚園の頃からホラー映画が好きで、洋画を字幕で見ていたんです。だから残虐描写とか慣れっこすぎて、感覚が狂っているかもしれない(笑)。僕は全然、『辰巳』の暴力的な表現は柔らかいほうだと思っているんですけど(笑)。

後藤:小路監督の魅力は、このギャップだなと思います。こういう優しそうな見た目で、撮る映画はハードそのもの。この人の中にあるのは、『辰巳』のような強い世界なんだなって。

あと、追撮のときにちょっとわかったんですけれど、監督はすごい頑固というか、自分の考えを絶対に曲げないし、信念を貫き通す人だなと。

小路:え~!(笑)現場でそんな印象、ありました?

後藤:結構あったと思います。特に制作段階ですよね。追撮って結構大変なことではあるんですよ。スタッフにとっても役者にとっても。でも、「どうしてもこれを撮りたい」っていう監督の言葉にスタッフも役者もみんながついていくという。

小路さんには純粋な丸っこい何かがあって、周りのみんなが磁石に吸い寄せられるようにバーッて動いていく。こんなに人の心をとらえる人ってあまりいないんじゃないですか。

小路:ああでも、キャスト、スタッフ、みんな本当にいい人しかいませんでした。今でも一緒に銭湯に行ったりして、裸の付き合いが続いています(笑)。

―撮影の一番の思い出はどんなことか、聞いてもいいですか。

後藤:全部思い出深いんで、一番っていうのはないかもしれない。

小路:全部いいんですよ、本当に。中でも特に思い出すのは、後藤さんの経営している工場にキャストが集まっているシーンですね。場所も良かったし天候も良かったし、全部が良かった。

葵がお姉ちゃんを殺されて、後藤の経営する工場に辰巳と逃げ込む。「ここに身を隠させてくれ」と頼む辰巳と後藤が対峙するんですが、ここがすごくワクワクする場面で。照明がすごくよかったんです。

後藤:初めて2人が本音で向き合う緊張感の中、高いところから青い照明を照らしてくれて、演じていてテンション上がりました、本当。あれが自分の人生で一番集中した瞬間だったんじゃないのかな。

後藤さんの役「後藤」が魅力的すぎて、スピンオフ映画の製作も決定

後藤剛範

―キャスト全員をオーディションで選んだそうですね。「小路監督の作品に出たい」と思う1500人の候補の中から選ぶって大変そうです。

小路:選ばれた人たちには、みんな「一緒に作品を作りたい」って思わせる何かがあったんですよね。人柄ももちろんあります。性格がひねくれていると、役を演じたときにもそれが出てしまいますから。

そういえば、オーディションをしていると、「この人はこの役にハマりそうだな」って感じるものですが、後藤さんの場合は、「この役も、この役もできる」って、対応できるキャラクターの幅がすごく広かった気はしますね。

だから、役を当てはめる前に、すでに後藤さんに出演してもらうことは決めてました。その意味では後藤さんは「この作品に必要な人」でした。

後藤:自分も実は、撮影が終わった今でも、どの役も演じてみたいって思ってます。小路監督の脚本は、役が魅力的で、キャラクターが強いからかな。

―後藤さんの役名が「後藤」なのも偶然ですか?

小路:そうそう、名前を役名にそのまま使わせてもらって。

後藤:非常に複雑というか(笑)。そこに対しては考えすぎないようにしていました、答えが見つからないんで(笑)。

小路:いやもう、あの後藤さんがやる役の名前は、「後藤」しかないだろうというくらい、後藤さん本人のインパクトが強くて。ただの殺伐とした映画ではなく、ちゃんとしたドラマに落とし込めたのは、後藤のキャラクター的な要素もすごく大きかった…後藤さんは実感ないですか?

後藤:実感ない(笑)。でも、演じていて、「後藤」が犯罪を犯している「ワル」だという意識はなぜかなかったんですよね。もちろん客観的に見ればひどいことをしているけれど、単に育った環境が悪いだけで、一生懸命生きようとしているのは、普通の人と何ら変わらないという。

小路:そうですね。大枠はジャパニーズノワールという世界観なんですけれど、その中の人間模様とか人情というか、最後は絶対に見ている人が優しい気持ちになれるような部分がある。それが伝わってくれれば、映画の目的は達成したなと思いますね。

「後藤」の強烈なキャラクターのおかげで、次はスピンオフで後藤が主役の映画を撮ろうと思ってます。もうすでに初稿も完成しているんです。

後藤:次も自主制作でつくるんですか?

小路:いえ、次は商業映画を考えていて。タイトルはカタカナで「ゴトウ」にしようと。

後藤:実はその話を監督から聞いてから、自分の頭の中でも、「ゴトウ」熱は高まってきているんです。

小路:後藤さんの魅力は、ひとことで言うと「人間味ある人」だと思いますね。芝居のときも、そうでなくても、人情があふれている。一見、大きな体格だし、強面に見えるんですけど、正反対の優しさを持ち合わせていて、そのギャップがすごく素敵に見える。それが映像にも表れるという。とにかくみんなに愛される人だなと感じています。

後藤:そんなこと言ってもらっても、まだ自分、独身なんですよ。

小路:じゃあ「恋人募集中」って書いてもらったほうがいいですね(笑)。

キャラクターが映画の中で必死に生きている姿を見てほしい

(左)後藤剛範、(右)小路紘史監督

―最後に、この映画を見るファンにメッセージをいただけますか。

小路:後藤さん含め、キャストの皆さんに一生懸命演じてもらったおかげで、本当に魅力的な映画に仕上がっています。各キャラクターが映画の中で必死に生きている姿を見てもらえたら、僕たちはすごくうれしい。ぜひ楽しんで見てもらいたいですね。

後藤:小路監督の作品を初めて見る人には、ぜひキャラクターを味わってほしいです。すでに小路監督を知っている人は1作目の『ケンとカズ』と比べてみてほしい。『ケンとカズ』が名作だったので、2作目の期待値が上がっていると思うんですが、『辰巳』はそれをちゃんと越えてきている。いい作品に仕上がっているので、それを自分の目で確かめてほしいと思います。

―お2人にとって、『辰巳』がどれだけ自信作なのが伝わってきました。公開を楽しみにしています!

映画『辰巳』公式サイト https://tatsumi-movie-2024.com/
・X https://twitter.com/tatsumifilm
・Instagram https://www.instagram.com/tatsumi_film/

小路紘史(しょうじひろし)監督プロフィール

1986年生まれ、広島県出身。短編映画『ケンとカズ』が、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2011にて奨励賞を受賞。ロッテルダム国際映画祭、リスボン国際インディペンデント映画祭など4カ国で上映される。2016年に『ケンとカズ』を長編版としてリメイク、東京国際映画祭〈日本映画スプラッシュ部門〉作品賞、新藤兼人賞・日本映画監督新人賞など、数々の新人監督賞を受賞。本作『辰巳』は、実に8年ぶりの監督作となる。

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後藤剛範(ごとうたけのり)プロフィール

1983年6月27日生まれ、東京都出身。劇団オーストラ・マコンドーに在籍。2012年に『とりはだ』で映画デビュー。その後、多くの映画、ドラマ、舞台に出演している。映画『大事なことほど小声でささやく』(2022 年)では主演を務めた。そのほか代表作に、『全裸監督』シリーズ(Netflix 制作・配信)、映画『マッチング』(2024 年)、ドラマ『新空港占拠』(2024年・日本テレビ系)など。

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