トー横キッズを描いた映画『炎上』。長久監督×インティマシーコーディネーター・浅田智穂さんが追求したリアリティ

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インティマシーコーディネーター(IC)とは、性的な接触やヌードを伴うシーン(インティマシーシーン)において、俳優の心身の安心安全を守りつつ、監督の演出意図を具現化するための役割を担う存在。

しかし、監督によっては「ICを入れると撮りたい絵が撮れなくなる」と不満を持つケースもあるといいます。

4月10日に公開される映画『炎上』にも、インティマシーコーディネーター・浅田智穂さんが起用されました。

俳優の尊厳を守り、適切な関係性で映画作りをしたい。そうした思いで作られた『炎上』は、サンダンス映画祭でも好評を博しました。

長久監督が考える映画づくりにICはどうかかわり、完成まで伴走したのか――。その一部始終を伺います。

映画『炎上』作品紹介

東京都新宿区歌舞伎町、炎上。死者数不明。犯人は住所不定・無職の十代の女性。

小林 樹理恵(森 七菜)はあるカルト宗教の信者の家の子として妹と共に厳しく教育され育つ。2人は毎日訪れる辛い日々が消えるよう、そして教育熱心な父がいなくなるよう神様にお願いをしてきた。

数年後。願いが叶い突然父親が亡くなる。しかし、父親がいなくなっただけで母親から教育を受け続ける現実は変わらない。ついに樹理恵は母の目を盗み、妹を残して家を飛び出してしまう。

「あの広場に行くと、この人が助けてくれるよ→@kami」

行き場のない樹理恵のSNSに届いたDMを頼りに向かうと、そこには若者たちがたむろしている広場が。そこで【じゅじゅ】という名前をもらい、寝る場所、食べ物、スマホをもらい、そして仕事をもらい、1人で母親の元に置いてきた妹を連れ出し、共に暮らすという“夢”をもらった。

そんな、彼女が歌舞伎町に火をつけるまでの150日間の物語。

出演は主演の森七菜さんはじめ、アオイヤマダさん、曽田陵介さん、一ノ瀬ワタルさんほか。

(※映画『炎上』公式サイトより引用)

2026年4月10日(金)公開

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性加害・虐待シーンの映像化には役者の心理的負担が大きい。ICの起用が絶対条件

―まずは監督、トー横に集う子どもたちをテーマに映画を撮ろうと思われたきっかけから教えてください。

長久允監督(以下、長久):とにかく僕は、彼ら、彼女らと話してみたかったんです。

僕も、多くの大人たちと同じように、トー横についてのSNSの切り抜きとかニュースのやや過激な面のみを見て、「このような社会問題があります」という断片だけを目にしていました。

でもきっと、単なる社会問題だけではない何かがあるのではないかというモヤモヤがあって。映画化よりも、まずどういう世界か知りたかったのが始まりでした。

―実際に取材してみていかがでしたか?

長久:ラベリングするなら「取材」ですが、スタンスはもう少し軽く、日常的な会話を重ねたというものです。僕は相手が誰であれ、取材で全てを話してくれるとも思っていないので、「君たちの全部を教えてくれ」というスタンスではなく、あくまでおしゃべりのつもりで。

意外にも僕が出会った彼ら、彼女たちは、質問するとたくさん話してくれました。自分の話、「先週そこでこういうことがあって辛かった」とか、「こういう夢がある」とか…。すごく大切な時間を過ごさせてもらいました。

能動的に喋りたいのかなと思う反面、本当のコアな部分は自分の心の中にしまっているようにも感じました。でもそれも当たり前ですよね。

それを持ち帰って、僕というフィルターを通してフィクションとして脚本に落とし込んでいったのが『炎上』です。

―インティマシーコーディネーター(以下IC)の浅田さんに、制作に入ってもらおうと思ったのはどのタイミングだったのでしょうか。

長久:この題材を脚本にするにあたり、児童虐待や性加害について、またドラッグについて書かざるを得なかったときですね。

演じる俳優の負担になる内容ではあるので、当然ICにも入ってもらうべきだという話は、企画の初期段階からプロデューサーとしていました。

―性加害のみならず、児童虐待についても浅田さんの知見を期待されたということでしょうか。

浅田智穂さん(以下、浅田):アメリカには、SAG-AFTRA(サグ・アフトラ、全米映画俳優組合・米国テレビラジオ芸能人連盟)という大きな俳優組合があります。そこでは、映像制作において本当にたくさんのルールが決められています。

撮影中の食事、子役の扱いや、撮影時間をオーバーした部分の残業代も含め、本当にいろいろなルールがあって、その中の一つに「インティマシーシーン」といわれる性的に親密なシーンに関してのルールもあります。そのようなシーンを専門的な立場からコーディネートするのが、インティマシーコーディネーターの仕事です。

性の部分に特化した仕事をして6年経ちますが、実は映像作品には、子どもの虐待や暴力ってとてもよく出てくるので、徐々に子役の人権対策も必要だなと思うようになってきました。

最近はインティマシーシーンのみならず、子役に負担がかかるシーンがあれば、子役のケアという形でも作品に入らせていただいています。

大事なのは「どう撮るか」ではなく「見た人にどう感じてほしいか」と長久監督は語る

―ICの仕事の流れについてもお伺いしたいです。どのようなプロセスで、映画作りにどう伴走されるのですか。

浅田:監督に台本をいただいて、まず気になるところを全部ピックアップしてリスト化し、監督に「この部分の映像表現がどうなるのか、気になっています」と聞いていきます。

絶対に俳優を性器に触れさせてはいけないので、触れているようなお芝居があるかをチェック。それから肌の露出。その次に体をまさぐるとか、服を着ていても性的な行為をしているとか、キスはあるのかなど…。それに加えて、今回の作品ではドラッグや虐待に関するシーンについてもお聞きしました。

例えば、映画ではトイレに入って用を足している女の子のシーンが出てくるのですが、「ドアを開けておしっこをしている」と台本に書いてあるだけでは、意図する映像がわかりません。

スカートなのかズボンなのか、下げた下着が見えているのか、音のみが聞こえているのか、そもそも便座に座っているところを実際に見せるのかということがすごく大事になってくるので、疑問点は全部お伺いしました。

また、じゅじゅや三ツ葉が売春行為をするシーンでも、何を映像で見せてどんなことを観客に感じさせたいのか、確認が必要です。

監督からの回答を踏まえて、今度は俳優ひとりひとりと、演技の可否をヒアリングしていきます。

「脚本に書いてあることは、全部演じられます」という人もいれば、「肌の露出が難しい」「このくらいだったら大丈夫です」という人も。線引きは、俳優によって違います。

例えば、全裸の設定であっても、背中だけを映す可能性もありますよね。撮影手法と、役者の想像をすり合わせして、撮影が叶う範囲を決めていきます。

―長久監督や俳優と丁寧なやりとりを重ねて出来上がった作品が『炎上』なのですね。

浅田:ICとしての見解を伝えた際に「それをすると自分の撮りたい絵が撮れない」と言われてしまうこともあるのですが、長久監督は違いました。監督から提案を却下されることが、本当に一つもなかったんです。

「こうした方が子役にとって安心だと思います」

「これは教えない方がいいです」

「ここは見せない方がいいです」――。

監督は私の提案に常に耳を傾けて、何がベストか判断されていました。

長久:幸い、僕がもともと全カットのコンテを割るタイプの監督だから…。

浅田:コンテがあることは、ICにはとても助かります。

長久:現場でリハをやってみて、「こう撮ろう」と決めていく監督が多い中、僕は初期作から全てのカットをコンテに書いて、ロケハンも全部スマホで正式にカット割りをして、現場で迷いのないように撮影しています。

性行為に関しても「このカットはここだけを撮ります」と事前に決めておきたい。だから「ここは映すだけでそう見えるから大丈夫」とか「ここは服を着たままでいい」と、自然に言えました。

ただ、俳優と監督はどうしても意見を言いづらい関係性ですし、コンテを描いたとしても、それだけで意思疎通を図るのは難しい。だから間に浅田さんが入って、意見を一旦全て受け止めてくれて、非常にやりやすかったです。

浅田:監督のコンテのおかげで、監督の撮りたい世界、求める演技にブレがなかった。私も監督のやりたいことを理解できていたので、スムーズに意思疎通ができました。

監督も何かを無理強いをする人ではないので、インティマシーに関して現場で問題になったことがなく、とてもやりやすかったです。

―すべてのカットにコンテを描くというのもすごいですね。監督がもともとCMを作っていたから、コンテ制作に抵抗がないのでしょうか。

長久:確かにそうかもしれません。十数年間、広告の仕事をしている中で、いろいろな映像手法や、見た人の心に与える効果を延々と考えてきました。

だから僕にとっては、「自分がこういう絵を撮りたい」ではなく、「見た人にこう感じてほしい」ということの方が大事です。そのためのアプローチの方向性はたくさん持っていますから。

もしAの表現方法がNGなら、Bプラン、Cプランなど別案を採用すればいいだけのこと。複数案を出すのが苦にならないというのはあるかな。

コンテも全部描くし、ロケハンのときにスタッフや僕自身が実際に演じてみたりもする。そこまで準備するからこそ、役者さんが安全圏の中で自由に演じていけるようになると思うんですよね。

俳優って心理的な負荷がある仕事だと思うから、難しい題材であればあるほどきちんと設計した上で脚本をお渡ししたい。その中で感情や体をコントロールしてもらいたいので、そうするのが監督として当たり前だと思ってきました。

浅田:何度もテイクを重ねた、本当に大変なシーンももちろんありました。でもコンテがあるので、みんなゴールが共有できていたんですよね。かつ、それがお芝居だっていうこともみんなわかっている。

お芝居だからこそ、その日撮影に来て、撮影が終わったら自分自身に戻って家に帰れる。

俳優とスタッフ、全員が何を撮っているかを100%理解していたので、監督が求めているものに忠実な絵が撮れているとすごく思います。

最初にあそこまでの情報量のコンテが作れているのは本当にすごいし、それはキャストとスタッフへの優しさでもあるなと思いました。監督は、妥協せずに撮りたい絵が撮れたのか、監督がどれだけ満足できたのかが気になりました。

長久:それでいうと、妥協した点はひとつもないですよ。全体の設計や意図は、何の妥協もない状態で完成しました。

浅田:それならよかったです。それを聞けてすごく嬉しい!

「誰も何も搾取しない」映像は、海外の映画祭でも評価された

―『炎上』では、虐待や薬物・自殺など、見ていて苦しくなるようなシーンもたくさんありました。

長久:同じような経験をしている人にとっては、今回の映画を見て共振してしまう人もいるかもしれないという不安はあります。

役者さんにも役作りの上で大きな精神的負担をかけてしまったなという葛藤も――。

そもそも映画を作るという行為自体、監督のように設計する立場と、演じてもらう方々との関係自体に加害性がそもそもあるものだと僕は思っていて。

たとえ恋愛映画であっても、役者は自分が本当に思ってもいないことをセリフとして口にしなければならない。どんなに短い言葉であっても自分の本心ではない、つまり全てのセリフを「強要して言ってもらっている」状態なんですよね。

映画を作る上で俳優自身の心を傷つけてしまう危険性と、俳優にとっての精神的安全性。その二つに配慮しながら映画を作っていきたいという思いがあって、監督と俳優の間に別の立場の人が入る必要性を感じていました。

題材のハードさ、役を演じる難しさを、俳優の心身を守りながら適切に形にしなければ――。そう認識しつつも、僕自身、何をどうすればいいのかわからなかった。

その意味で、今回、浅田さんに甘えられてよかったと思うし、お力をお借りできなければ、この作品は作れなかったとさえ思います。

浅田:監督のような感覚を持たれている監督は、まだすごく少ないと思います。依頼されて参加したはずなのに、ICの役割を全然果たさせてもらえない作品もあります。

ときには「とりあえずICを入れておいたから大丈夫」と、アリバイ作りにされてしまうようなケースも…。

でも今回は、自分の仕事がきちんとできた気がしています。つらいシーンはたくさんありつつも楽しく作品に参加できて、監督と対話を重ねて一緒に作品を作っていけた達成感を感じています。

長久:実はサンダンス映画祭での上映後に、観客に声をかけられたんですよ。「性描写を“消費している目線”で絶対作らないぞという覚悟が全カットから感じられました」って。積み上げてきたものが、絵でちゃんと伝わったんだと実感しました。

浅田:そうだったんですか、それは嬉しい!

撮影においていろいろ気をつけたことを思い出します。現場で看護師さんに常駐していただいたり。その集大成が「誰も何も搾取しない(※)」映像になったんだと思います。

例えば、お父さんが姉妹をベルトで折檻するシーンも、本当にいろんな配慮をして撮りましたね。

完成した作品を見て、単純に隠すだけではなくて、トーンだったりカメラの動きだったり、相互作用の中で“隠しているように見せない撮り方”になっていて、長久監督、さすがだなぁと思いました。

※映画界における搾取とは「性的搾取(消費されるだけの性描写)」、「労働的搾取(過酷な現場)」「感情的搾取(俳優の心を削って涙を撮る)」らを指す。

同じ環境だったら自分ならどうする?トー横キッズの視点に立って、初めて見えてくる世界

―映画には、生きようとする子どものたくましさも描かれていたと思います。

長久:本来は、子どもがたくましく生きなければならないような境遇はつらいし、社会の仕組みを整えなければならないのを前提としつつ…。

子どもやティーンエイジャーも、大人と同様のたくましさを持っているとは思っているんです。逆に大人だって、子どもと同様の不安定さがある。だから実は両者は同じなんだと。

僕だって年齢的には大人ですが、中身は中学1年生のころとほぼ変わっていないという自覚もあるし。

子どもは知識量や経験値が大人と違うから守らなければならない存在ですが、根源は同じだからこそ、彼ら、彼女らに対して、僕は対等な目線で向き合ったつもりです。

浅田:『炎上』はトー横の子どもたちの話ではあるんですが、でも実は背景を消したら別に歌舞伎町でなくても、トー横じゃなくてもあり得る話なのではないかと思うんです。それこそ今の社会の縮図のような気がして。

長久:僕も、20年前も50年前、なんなら100年前の時代から、人々が抱えてきたテーマは同じなのではないかと思うんです。

子どもと大人、周りの人とのコミュニケーション不全は、いつの時代、どの世界であっても普遍的に存在し続けていることなのではないかと。

だからこそ、僕自身がそういったシチュエーションに置かれていたら、そういうチョイスをするだろうなとも思う。トー横の彼ら、彼女らがすごく特殊な存在だとは1ミリも思わない。必然なのではないかと思って脚本を書きました。

―最後に、お二人は、この映画をどんな人に見てほしいのかお聞かせください。

長久:ドキュメンタリーではなくフィクションという術だからこそ感じられることもあると思うので、大人を中心とした全世代の方に見てほしいですね。

特にトー横の子どもたちを遠くからの切り抜きでしか接していない人たちに、トー横の子どもたちのバックグラウンドや気持ち、価値観、眼差しがあるんだと知ってほしい。

あとはティーンエイジャーをはじめとした若い世代にも見てもらえたら嬉しいかな。映画には疑似体験装置という機能があると思っているので、人生でこういう体験、こういう経験をしてしまうかもしれないと、映画で疑似体験して、こういうことが起きないためにどうすればいいのか、先回りして考えてほしいです。

浅田:私は自分にも子どもがいるので、誰に見てほしいかと言えば、子どもがいる親や、子どもたちと接している大人ですね。大人の都合がいかに子どもたちを振り回しているか、そして子どもたちのために自分に何ができるのか、とても考えさせられる映画です。

長久 允(ながひさまこと)プロフィール

映画監督/脚本家。1984年生まれ、東京都出身。

2017年、有給休暇10日を使って作った短編映画『そうして私たちはプールに金魚を、』が日本人として初めてサンダンス映画祭で短編部門グランプリを受賞。サンダンス映画祭はクエンティン・タランティーノ監督や、ジム・ジャームッシュ監督などを見出した映画祭であり、大きな話題となった。その後2019年公開の『WE ARE LITTLE ZOMBIES』ではサンダンス映画祭コンペティション部門にて審査員特別賞を受賞したほか、ベルリン国際映画祭ジェネレーション14plus部門にて準グランプリを受賞。ドラマ『SUNNY』では、日本人で初めてA24プロデュース作品で監督を務め、ニューヨーク・タイムズ・ベストエピソードに選出されるなど、世界中から注目を集めている。その他に、舞台演出やミュージックビデオの監督も務める。

2026年4月、サンダンス映画祭に招待された長編映画『炎上』が公開予定。

●Instagram @nagahisa

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浅田 智穂(あさだちほ)プロフィール

1998年、ノースカロライナ州立芸術大学(University of North Carolina School of the Arts)卒業。

2003年、東京国際映画祭にて審査員付き通訳として参加したことがきっかけとなり、日本のエンターテイメント界と深くかかわるようになる。

日米合作の映画『The呪怨』で通訳として映画の現場に初参加。監督とキャストの間に入り、綿密なコミュニケーションをとる。その実績が認められ、以降『呪怨パンデミック』(監督:清水崇)、『シャッター』(監督:落合正幸)などの映画作品、また『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』『メリーポピンズ』『Endless SHOCK』『滝沢歌舞伎』などの数多くの作品に通訳として参加。海外を拠点とする演出家、振付家、ダンサーなどと、日本の製作者、キャストとの間の通訳として活動。

2020年、Intimacy Professionals Association(IPA)にてインティマシー・コーディネーター養成プログラムを修了。IPA公認のもと活動開始。Netflix作品『彼女』において、日本初のインティマシー・コーディネーターとして作品に参加。以降、大河ドラマ『べらぼう』、映画『怪物』、『正欲』、『爆弾』、連続ドラマ『エルピス—希望、あるいは災い—』など、数多くのプロジェクトに携わっている。

取材・文:小澤彩