映画『炎上』で主演を務める森七菜さんにインタビュー。
森さんは、厳しい教育をする家庭から家出をした主人公・小林樹理恵(じゅじゅ)を演じました。
アメリカ・サンダンス映画祭でも上演された今作。その魅力を深掘りします。
映画『炎上』は4月10日(金)公開です。
映画『炎上』作品紹介
東京都新宿区歌舞伎町、炎上。死者数不明。犯人は住所不定・無職の十代の女性。
小林樹理恵(森七菜)はあるカルト宗教の信者の家の子として妹と共に厳しく教育され育つ。
2人は毎日訪れる辛い日々が消えるよう、そして教育熱心な父がいなくなるよう神様にお願いをしてきた。数年後。願いが叶い突然父親が亡くなる。しかし、父親がいなくなっただけで母親から教育を受け続ける現実は変わらない。
ついに樹理恵は母の目を盗み、妹を残して家を飛び出してしまう。
「あの広場に行くと、この人が助けてくれるよ→@kami」
行き場のない樹理恵のSNSに届いたDMを頼りに向かうと、そこには若者たちがたむろしている広場が。
そこで【じゅじゅ】という名前をもらい、寝る場所、食べ物、スマホをもらい、そして仕事をもらい、1人で母親の元に置いてきた妹を連れ出し、共に暮らすという“夢”をもらった。
そんな、彼女が歌舞伎町に火をつけるまでの150日間の物語。
映画『炎上』公式サイトより引用
●公式X @enjou_movie
●公式Instagram @enjou_movie
演じるのは炎上事件を起こす10代女性。向き合い続けて掴んだ人物像

ー映画『炎上』は根深い社会的なテーマに切り込んだ映画のように感じました。今回お芝居をされる前に考えたことや脚本の感想を伺いたいです。
森七菜さん(以下、森):最初に脚本を読んだ時は、「これからやらせていただく作品はこの作品なんだろうな」という予感がしました。
撮影現場でこれから自分が過ごしていく日々が書かれている感じと言うか、この作品にご縁を感じていたので、実際に役が決まってから撮影に入るまでがすごく楽しみでした。
今回演じさせていただいたじゅじゅという人物は、ハードなバックグラウンドを持っている女の子だったから、自然と自分の中で“悲劇のヒロイン”として捉えがちな感覚がありました。
でも、長久允監督とのお話をさせていただいて、「じゅじゅの中にある普通の10代の子」をいかにお芝居で表現できるかが今回の課題になるなと思いました。
ー撮影前に長久監督とお話されたのですね。「普通の10代の子」というのは。
森:撮影が始まる前に監督とお話した時に、監督が「じゅじゅをかわいそうな子にしたくない」とおっしゃっていて。
そこから、私の中でも“じゅじゅは悲劇のヒロインじゃない普通の子”という意識が強くなりました。

ー実際に撮影が始まってから「こう演じよう」と考えたことや意識したものはありますか。
森:撮影が始まってからも“じゅじゅをかわいそうな子にしない”というのは決めていました。
あとは、彼女の背景や物語と、かわいそうにしないという演じ方のコントラストで、じゅじゅが幅広い女の子に見えたらいいなと。
周りのキャラクターも、ひとりひとりでドラマが撮れちゃいそうなくらい、すごく色のある子たちだったから、彼らの放つ光をちゃんと吸収して反応できるようにというのも心がけていました。
ー今回の映画には深いテーマがあるように感じますが、いたる所でポップなのも魅力的でした。森さんが思う作品の魅力や感想をお伺いできればと思います。
森:とにかく“正気じゃない”感じがします。完成した映像を見て、私がお芝居をしている最中の目線がそのまま映画の映像に投影されているような感じがしました。
それは多分、作中の音楽や監督が仕掛けた映像のギミックが、悲劇を悲劇として受け取れないじゅじゅたちの目線を表現していて、この映画の物語を、じゅじゅたちの目線でお客さんに伝えるための“フィルター“になっているんだと思います。
客観的に見たら悲劇的な出来事でも、そうは捉えられない彼女たちの強さでもあり弱さでもある部分を表現するために、長久監督ならではのアイディアが散りばめられた演出になっています。
そこは今作の大きな魅力ですし、私も1人のお客さんとして見てみたかったなという気持ちがあります。
ー撮影をしていて印象に残っているセリフや好きなセリフはありますか。
森:「神様はやっぱりいるんだろうか、いたとしたら仕事おせえ。」っていうセリフが印象的でした。
このセリフは、じゅじゅのパーソナルな部分を物語っているような感じがして、女の子にしてはちょっと毒舌な感じもするんですけど、ただの悲しい女の子にはなりきらないところが好きです。
ー独特な雰囲気があって奥深いセリフですね。完成した映像を見た感想を教えてください。
森:「こんな映画だったんだ」とはじめて気づくくらい新鮮で、ある意味私が想像していた完成形とは違っていました。同じなのはセリフとキャラクターの動きくらいです(笑)。
でもそこにギャップがあったかと言うとそうでもなくて、私がじゅじゅとして見てきたものが、じゅじゅの見方で映っている感じがしました。
自分のことを軽く捉えちゃう感じの、あの子のスタンスやそれを見せる“フィルター”があるように感じられて、あれが長久監督の10代への共感の仕方なんだなと思いました。
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