民族や宗教といった問題を背景に、異なる立場の若者たちの恋とその家族の物語が描かれる舞台『みんな鳥になって』。
Hey! Say! JUMPの中島裕翔さんが主人公を務めるこの作品で、恋人役・ワヒダを演じるのが岡本玲さんです。
重いテーマを扱いながらも、丁寧に人間ドラマが描かれる本作に、岡本さんはどのように向き合っているのか。舞台への思いや共演者とのエピソードについて、お話を伺いました。
舞台『みんな鳥になって』作品紹介
世田谷パブリックシアター×ワジディ・ムワワド×上村聡史による第四弾
『炎』『岸』『森』を継いで、新たな舞台へ
1975年のレバノン内戦を逃れ、家族と共に8歳でフランスへ亡命した作家、ワジディ・ムワワド。世田谷パブリックシアターで上演してきたムワワドの「約束の血」シリーズの世界観を引き継ぎながらも、まさにリアルタイムで世界が抱える問題に真正面から切り込んだ舞台が『みんな鳥になって』です。壮大な歴史的な視点と登場人物たちの普遍的な人間ドラマが、ムワワドならではの美しい詩的な台詞で綴られるこの大胆にして緻密な戯曲を、現代演劇界をリードする上村聡史が立ち上げます。
あらすじ
ニューヨークの図書館。ベルリン出身で遺伝学を学ぶ青年エイタン(中島裕翔)は、イスラム史を学ぶワヒダ(岡本玲)に一目惚れして声をかけてしまう。二人は瞬く間に恋に落ちた。
ユダヤ人のエイタンは、アラブ人のワヒダとの婚姻を認めてもらうため、両親を呼び「過越祭」の食事をともにするが、敬虔なユダヤ教徒の父ダヴィッド(岡本健一)は交際を認めようとしない。
過剰なまでにワヒダを拒絶する父ダヴィッドの出生に疑念を抱いたエイタンは、ワヒダとともに祖母レア(麻実れい)の住むイスラエルへと向かいそのルーツを解き明かそうとする。だが二人は、爆弾テロに巻き込まれてしまう。病院に運ばれたエイタンのもとに、父ダヴィッドと祖父エトガール(相島一之)が駆けつけてくる。二人は久しぶりに母であり妻であるレアと再会を果たすことになるのだが……。
6月28日(土)~7月21日(月・祝) 世田谷パブリックシアターにて上演
(※世田谷パブリックシアターHP『みんな鳥になって』公式ページより引用)

●『みんな鳥になって』公式X @TdsOiseaux_sept
●世田谷パブリックシアター 公式X @SetagayaTheatre
ニュースでは見えない中東のリアルを、自分ごととして感じられる作品

―岡本さんは、ムワワド戯曲への挑戦は前作の『森 フォレ』に次いで2作目ですね。今回、『みんな鳥になって』の出演が決まったとき、どんな思いがありましたか?
岡本玲さん(以下、岡本):『森 フォレ』は自分の中でもすごく大きな作品なんです。
ムワワド作品のセリフを発するたびに感じられる、言葉の美しさや、見えてくる風景。それを自分なりに噛みしめながらお客様と共有していく。すべてのセリフが、お客様のための言葉だなと感じられます。
演出家の上村さんとご一緒するのは、今回で3回目。上村さんがお客様に見せたいと思っている風景がとても好きで、またその一員になれる事が嬉しいです。
上村さんが信じる世界を、私も信じて体現することで物語は立ち上がっていくと思っています。
―『みんな鳥になって』というタイトルも印象的です。
岡本:鳥というのは、自由や平和の象徴だと思います。でも、自由と平和ってイコールのようでいて、実はそうじゃない気もしていて。
鳥を見て、“自由でいいな”とうらやましく思うこともあれば、悔しさのような感情が入り混じったもどかしさを感じることもあるので…。
―確かにそうかもしれません。台本を読んだ感想はいかがでしたか。
岡本:今回のお話は、ニュースでよく耳にするイスラエルが舞台です。台本を読み始めたら止まらず、一気に最後まで読んでしまいました。
ニュースで聞く世界の話ではなく、自分ごととして捉えさせてくれるお話なんですが、物語になると、こんなにまっすぐに人の思いが伝わってくるんだと感動しました。
今作も、ムワワドさんの詩のような美しい言葉がたくさんちりばめられていて、思わず声に出して読みたくなるような戯曲だと感じました。
―舞台に数多く出演されている岡本さんにとって、ムワワド作品はほかの舞台と何か違いがあるのでしょうか。
岡本:ええ、違うなと思います。
前作の『森 フォレ』(2022年・ムワワド作)のときは、私にとって初めての海外戯曲作品だったこともあり、ムワワドの戯曲と他の海外戯曲との違いに気づいていませんでした。
ただ、その後いくつか海外戯曲作品に出演してみると、ムワワド作品は他の舞台と一味違う。
リアルな会話劇でありながら、詩的で美しい表現もある。その境界線をどう演じるかが、ムワワド戯曲の魅力の1つだと思います。
とても演劇的で難しい。ストレートな表現もあれば、そうでない部分もある。それをひもといていくのが、今はとても楽しいですね。
中島さんは素敵な役者。いつの間にか輪に溶け込み、明るく照らしてくれる

―稽古場の雰囲気はいかがですか?
岡本:“初めまして”の方もいらっしゃいますが、共演経験のある方も多くて。特に先輩方が、本当に長い時間、稽古場にいらっしゃるのが印象的ですね。
皆さん早く来られるし、稽古が終わっても残ってセリフの確認や演出家への質問、改善の提案などをされているんです。それを見ていると、本当に皆さん、演劇が好きなんだなあと感じます。
こんなに素敵な先輩たちと毎日一緒にお稽古できるのは本当に贅沢ですし、私もこんな役者になりたいなと思わせてくれる現場です。
―相手役の中島さんの印象もお聞かせください。
岡本:今回の作品は、エイタン(中島さん)とワヒダ(岡本さん)が恋に落ちる物語なのですが、実は共演シーンはあまり多くないんです(笑)。しかも、今(インタビュー時)はまだ立ち稽古に入ったばかりなので、たくさんコミュニケーションを取れているわけではないのですが…。
中島さんは、とても素直な方だなというのが第一印象ですね。1人の役者さんとして覚悟を持ってこの場にいらっしゃるという印象が強いです。
でもやっぱり、さまざまな現場を経験されているせいか、場を明るく照らしてくれるような存在感があって。常に笑顔で周囲に接してくださるのも素敵だなと感じています。
いつの間にか、稽古場の輪の中に溶け込んでいる。自然な雰囲気でそこに存在しているという。
―ワヒダを演じるにあたり、役作りで意識していることはありますか?
岡本:私の演じるワヒダは、冒頭から中盤くらいまで、物語を進めていく役割を担っています。だからこそ、その場に“存在する”こと、その場で起きている出来事に対するエネルギーを強く持ち、お客様を物語に引き込んでいけるよう心がけています。
―ワヒダとご自身との共通点、または違う部分は。
岡本:ワヒダは、自分のアイデンティティにコンプレックスを抱えながらも、それを乗り越えようと、諦めずに考え続けている女性です。
“考え続ける”という姿勢は、私自身もすごく好きですし、ワヒダと少し似ているかもしれません。冒頭、図書館のシーンから始まるのですが、私も図書館が好きで、何かを考えたり分析したりするのが好きなんです。
理論的に考えはするけれど、理論だけでは片付けられない感情や、目の前の現実にぶつかっていくワヒダに、とても共感できます。
―自分のアイデンティティと向き合う場面が多いワヒダ。演じていて苦しくないですか?
岡本:苦しい。確かに苦しいです。
私はワヒダと同じ境遇ではないし、日本にいると、人種や民族の問題にここまで深く向き合うことはあまりありません。だからこそ、稽古場で彼女の人生を追体験していくことが大切だと思っています。
苦しさを胸に蓄えることさえも、彼女の思いに少しでも近づけるためのものとして、稽古を楽しめている気がします。
―情熱的な舞台の疲れを、いつもどうリフレッシュされているんでしょう。
岡本:おいしいものをたくさん食べることですね。もう、とにかく食べます!(笑)
舞台を終えるたびに、“生きることは、食べることだな”って実感するんです。いろんな命をいただいて、自分の活力にする。
そもそも元気がないと、美味しく食べることすらできない時もある。だからこそ、食べることは本当に大事だなって思っています。
俳優のやりがいは“誰かの記憶に残れる”こと

―岡本さんは映像作品だけでなく、今まで数多くの舞台に出演されています。舞台と映像、それぞれの魅力や違いをどう感じていますか?
岡本:映像作品と舞台の違いは、スポーツの種目の違いと感覚的に近いかな。どちらも運動神経は必要だけど、求められるものが異なるというか。
映像でも舞台でも、“その瞬間に本当にそこにいるように感じてもらうこと”が共通して大事だと思います。そのうえで…。
作品によりますが、ドラマや映画の場合は“この角度の方が伝わりやすい”といった細かなことも気にしながらお芝居する時があります。でも舞台は、稽古を積み重ねてそういったことは体が覚えているので、演じているその瞬間に集中できる。
“始まってしまえば何も覚えていない”くらい自由に没入できるのが舞台の魅力ですね。
―なるほど。
岡本:舞台にもいろいろな種類がありますが、私は今回の作品のような海外戯曲も好きです。
言葉を通してお客様に世界を届け、その音から風景が広がっていく感じがとても面白い。自分の身体ひとつで、お客様を過去や異国…、さまざまな場所へ連れて行くことができる感覚が大好きなんです。
いうなれば、言葉と身体で空間を超えていった先の、客席との一体感でしょうか。舞台と客席がつながった瞬間って、演じている最中でもちゃんとわかるんですよ。
―そうした舞台での経験を重ねる中で、今年、芸能界デビューから22年、俳優としても18年を迎えますね。俳優という仕事のやりがいはどこにあると感じていますか?
岡本:やっぱり“誰かの記憶に残れる”ことですね。
俳優という仕事は、誰かの人生に関われる、きっかけになれる職業だと思っています。
たとえば悩んでいる人の背中を押せたり、新しい世界を知る入口になったり、何かを直視する勇気を届けられたり…。
誰かの行動のきっかけになれるって、本当に嬉しいし、尊いことだなと日々感じています。
―忙しい毎日が続くなか、オフの日の過ごし方を教えてください。
岡本:オフの日は、ひたすら猫と戯れています。2匹の猫は私の癒やしです(笑)。
あとは、最近は登山にハマっていて。登りたい山をリストアップして、少しずつ挑戦しています。
―登山!アクティブな面をお持ちなんですね!
岡本さんは今後、どのような俳優になっていきたいと考えていますか?
岡本:そうですね…。生き様そのものが、にじみ出てくるような俳優になりたいです。
―ファンの方からは「笑顔が可愛い」という声も多いですが、いつも笑顔でいられる秘訣をぜひお聞きしたいです。
岡本:なんでしょうね…(笑)。 常に“口角を上げる”ことは意識しています。
人間って単純だから、口角を上げてさえいれば、脳が“楽しい”って錯覚してくれる気がして。辛いときでも、笑っていればきっと乗り越えられると思うんです。
笑顔でいて損することはないし、なるべく口角を上げて生きていけたらいいなと思っています。
SNS社会で体感できない“怒りや憤り”を、生の舞台で体感してほしい

―今回の作品は中島さんが出演されることもあって、舞台を見慣れていないお客様も多く来場されると思います。中東問題というテーマにも難しさがあるなかで、この作品をどう味わえばいいか、メッセージをいただけますか。
岡本:楽しみ方は自由だと思います。
事前にイスラエルとパレスチナの歴史的背景を調べてから観てもいいし。予備知識なしで観て、舞台が終わったあとに気になった言葉を調べて、自分の中に落とし込んでもいいし。
いずれにしても、自分なりのスタイルでこの作品を受け取ってもらえたら嬉しいです。
怒りや憤りといった“熱い感情”って、現代のSNS社会の中では、なかなかリアルに体感できないと思うんです。その熱を“生”で感じることこそが、舞台ならではの魅力。
きっと五感が刺激されて、記憶に深く残ると思います。その熱を、まるごと浴びるように感じてもらえたらいいな、と!
―最後に、この作品の魅力を教えてください。
岡本:登場人物それぞれに正義があり、それぞれが怒りや葛藤を抱えて生きている。正しさはひとつじゃないんだと、改めて考えさせられる作品です。
さまざまな立場や背景を持つ人たちが同じ世界に生きていて、そこにある現実をどう受け止めるかは人それぞれ。ニュースでしか知らなかった出来事が、この作品を通して、自分のことのように感じられると思います。
この舞台が、観る人にとって“世界を知るきっかけ”になってくれたら嬉しいですね。

岡本 玲(おかもとれい)プロフィール
1991年6月18日生まれ、和歌山県出身。ファッション雑誌の専属モデルから女優の道へ進む。主な出演作は、ドラマ『フリーター、家を買う。』(2010年)、『最高の人生の終り方〜エンディングプランナー〜』(2012年)、連続テレビ小説『純と愛』(2012年)、連続テレビ小説『わろてんか』(2017年)、『その結婚、正気ですか?』(2023年)、映画『茶飲友達』(2023年)、舞台『森 フォレ』(2021年)、『ポルノグラフィ/レイジ』(2025年)ほか。普通自動車免許、英検2級、漢検3級、書道2段、日本珠算連盟段位認定試験(珠算準3段・暗算4段)の資格を所持。趣味は演劇鑑賞、料理、旅行、手芸、DIY。特技はピアノ、珠算、暗算。
●Instagram @rei_okamoto
取材・文:小澤彩
撮影:天倉悠喜
ヘアメイク/奥田真莉