超映画批評・前田有一の【2025年の映画業界を振り返る!】

コラム
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『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』そして『国宝』……2025年の映画界は、アニメも実写も史上最大クラスの大ヒット作が続きました。さらに二宮和也さん主演『8番出口』のように、海外の映画祭で注目される映画もありました。

全体を見て強く感じるのは、「映画でしかできないこと」が、あらためて注目された一年だったという点です。

配信サブスク全盛の時代に、どうすれば映画館まで人を呼び戻せるのか? その答えは、圧倒的な映像技術、感動の共有、そして作家個人による強烈な創造性だと思います。

そこで今回は、本当に見る価値のある代表作だけを厳選しながら、2025年の映画界を振り返っていきたいと思います。

「ありがちな話題作」「バズった作品」なんてお定まりの選び方じゃない。皆さんの人生に爪痕を残すであろう、「運命の一本」が見つかることを期待しつつ──。

●【カーアクション】『F1/エフワン』(25年、アメリカ)

並みいる超大作の中でも、2025年一番の迫力を味わえるのがコレ。大ヒット作『トップガン マーヴェリック』のスタッフが再集結して、いわば陸の『トップガン』として本気で作ったレース映画です。

事故で表舞台から去った元F1レーサーのソニー(ブラッド・ピット)は、親友ルーベン(ハビエル・バルデム)のF1チームに久しぶりに呼び戻される。実はルーベンのチームは現在最下位で、彼はオーナー権を失う寸前だった──。

旧友のために難仕事を引き受けた大ベテランによる、型破りな挑戦のドラマは、演じるブラピと同世代の男性にも響くはず。

なんといっても本作が凄いのは、登場するクルマが本物ってことです。F2カーをベースに外見をF1と同じに変更、ブラッド・ピットも実際に運転しています。レースシーンではこの本物カーに、本物のレーサーが乗り、本物のサーキットを走っています。

極めつけはピットシーンで、なんと実際のレース開催中のF1サーキット場で、フェラーリのピットの隣に組んだセットで撮影しています。そこまでやるか!?

もはや「CG? なにそれ、うちには要らないよ」と言わんばかりの本物志向は、デジタル全盛の2025年に見ると逆に新鮮です。これぞハリウッド映画、こういうのを見たかった、ってヤツですね。

●【AI映画】『HERE 時を越えて』(24年、アメリカ)

アナログ的な本物志向はさすがハリウッドですが、その真逆の方向性で「ヤバいクオリティ」を実現した映画があります。業界で初めて本格的にAIを導入した『HERE 時を越えて』です。

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(85年、アメリカ)以来、映像進化の最前線で活躍するロバート・ゼメキス監督による人間ドラマ。今回彼が描くのは「ある家のリビングルームの定点観測」。つまりこの映画は、最後までなんとカメラが一切動かないのです。

1945年に誕生したリチャード(トム・ハンクス)は、やがてこの家で成長し、マーガレット(ロビン・ライト)と恋に落ちる。時代に翻弄された二人の人生を、動かぬカメラが数十年にわたり映し出す──。

主演二人はティーン時代から現代の老境まで、代役も特殊メイクも一切使わず演じています。代わりに使用されたのがディープフェイクAI。リアルタイムで二人の顔を「必要な年齢」に変換する最新技術です。

TikTokなどショート動画ではおなじみのエフェクトですが、さすがハリウッドはクオリティが段違い。ロビン・ライトの実年齢は58歳なんですが、映画の中では外見だけ20代になった彼女が、その熟練した演技力でラブシーンまで演じています。すごい時代がきたものですね。

●【オスカー受賞】『Flow』(24年、ラトビア、フランス、ベルギー)

ここまでは、世界最高峰のハリウッドの『力技』を見てきましたが、実は2025年にはそんな巨人に『個人』が挑み、下克上を果たした例があるんです。

ディズニーやピクサーの指定席だった「アカデミー最優秀アニメーション映画賞」を受賞した、ラトビアの低予算アニメーション映画『Flow』です。大手映画会社ではない、独立系の映画がこの賞をとるのは、史上初の快挙なんです。

受賞したギンツ・ジルバロディス監督は、これまで7本の短編アニメーションをたった一人で作ってきたラトビアの映像作家です。本作は、これまでより多少の人員を増やして挑みました。

森の中に住み着いている一匹の黒猫が、突如見舞われた大洪水から必死に逃げ、サバイバルする物語。偶然逃げ込んだボートにいた”先客”のカピバラとともに、猫は冒険を繰り広げる──。

この映画は、Blenderという、無料のソフトウェアで作られています。ほとんど個人製作とは信じられません。あまりの品質の高さと面白さに、他の映画業界人と同じく、皆さんもきっとびっくりしますよ!

●【日本アニメ】『ひゃくえむ。』(25年、日本)

「いやいや、アニメといえば日本でしょ!」と思っていた皆さん、お待たせいたしました。確かにその通り、日本からも『鬼滅の刃~』を筆頭に、幾多のすばらしいアニメ映画が登場しました。

そんな中で、あえて一本だけ私が選ぶなら『ひゃくえむ。』です。この映画が凄いのは、世界で初めて『陸上100メートル』を主題にしたアニメってところです。100メートルは競技時間がわずか10秒、駆け引きも迫力も伝わりにくく、映画に向かないスポーツの筆頭格とされ、今まで避けられてきたのです。

その難題を、岩井澤健治監督は、ロトスコープという100年以上前からある手法で完全クリア。これには私も本当に驚きました。

生まれつき足が誰よりも早かった少年トガシは、鈍足の転校生、小宮を見かねてコツを教えてやる。その甲斐あって運動会で一位になった小宮は、勝利の喜びを知ったことで才能を開花させてゆく。二人の実力差があっという間に消え去ると、トガシは経験したことのない複雑な感情にさいなまれてゆく。

ロトスコープとは、実際に選手を走らせて撮影した実写映像をもとにアニメーションを作る技術。実写に準じた動きと構図、カメラワーク、そして選手に装着した集音マイクからの音声を最大限生かした「走るシーン」は必見。日本らしい、アニメーターの職人芸と工夫が光る、他に類を見ないエンタメスポーツ作となりました。

●【恋愛ドラマ】『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(24年、日本)

自分より才能がある人間を前に、どう気持ちの折り合いをつけるかが『陸上100メートル』の哲学ならば、『どんなに好きでも、相手に好かれるとは限らない』恋愛もまた、同じくらい切ない哲学かもしれません。

お笑いコンビ・ジャルジャルの福徳秀介による処女小説を、大九明子監督が実写化した青春映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』には、それを痛感させられる、圧巻のシーンがあります。

大学生の小西徹(萩原利久)は、一目ぼれした桜田花(河合優実)とひょんなことから意気投合。しかし舞い上がる徹を待っていたのは、単なるバイト仲間としか思っていなかったさっちゃん(伊東蒼)からの予期せぬ告白だった──。

私が2025年、最も衝撃を受け、感動した演技はこの『10分間ワンカットの告白シーン』です。かなわぬ恋と知りながら、必死に恋心を伝えようとする姿を見事に表現した伊東蒼の独演は、間違いなく恋愛映画史に残る名演技として語り継がれると思います。

●【史実サスペンス】『セプテンバー5』(24年、アメリカ、ドイツ)

10分ノーカットの告白が言葉の極限ならば、史実ドラマ『セプテンバー5』の主役たるジャーナリストたちは、言葉を発信することの究極の姿を見せてくれたといえるでしょう。

1972年の西ドイツ。ミュンヘン五輪の中継を担当するABCのスポーツ班は、偶然銃撃テロに遭遇。ジェフリー・メイソン(ジョン・マガロ)は、ベテランプロデューサーのルーン・アーレッジ(ピーター・サースガード)らとの議論の末、生中継を決断する。

インターネットもスマホもない時代、チーム全員が不慣れな事件取材を前に、あらゆるツテを使って情報を集め、手探りで映像を繋いでゆく展開がとにかく熱いです。犯人を「テロリスト」と呼ぶかどうかなど、言葉の選択ひとつをめぐって議論する姿には、現代では崩れつつある報道モラルの健在ぶりを感じさせ、胸を打たれます。

2025年は、SNS上でのデマやフェイク情報の氾濫が問題になりましたが、本作が描く「情報発信」や「報道」への真摯な姿勢は、今だからこそ響くテーマと言えるでしょう。

●【クライムアクション】『殺し屋のプロット』(23年、アメリカ)

現場のプロつながりで語るならば、『殺し屋のプロット』はチームではなく「究極の個人事業主」たる殺し屋のプロフェッショナルぶりに見惚れてしまう、2025年ナンバーワンのキケンなサスペンスです。

主人公の殺し屋ジョン・ノックス(マイケル・キートン)は、進行型の認知症によりあと数週間で「すべてを忘れるだろう」と医師に宣告される。彼は残された時間で、息子マイルズ(ジェームズ・マースデン)が犯してしまった殺人事件の証拠隠滅に挑むが……。

警察の捜査を知り尽くしたノックスが、すべての経験値を総動員する犯罪隠ぺい術はまさにプロの仕事! しかしこれまで一度もミスしたことのない凄腕の彼が、「今、オレ何してたっけ?」と忘れまくる姿は、見ていてハラハラしまくりです。

演じるマイケル・キートンは80年代にバットマン役でハリウッドの頂点に立ちながら、その後低迷した苦労人です。酸いも甘いも併せのんでこそ人生──そんな彼の人生観を投影したかのような結末の大どんでん返しは、同世代ほど号泣間違いなしです。

●【アートホラー】『サブスタンス』(24年、アメリカ、イギリス、フランス)

同じ老いがテーマでも、『サブスタンス』の怖さはハンパじゃありません。ホラー嫌いで有名な米アカデミー賞が、幾多の途中退場者を出しながらも「コイツに賞を与えないわけにはいかない」と受賞させた、まさに2025年を代表するホラー映画です。

エリザベス(デミ・ムーア)は、加齢が原因で人気番組の降板を告げられる。失意のどん底となった彼女は、怪しげな若返り医療「サブスタンス」に手を出してしまう。自ら注射すると、なんとエリザベスの背中がパックリ割れ、ドロドロの肉体から若き分身スー(マーガレット・クアリー)が現れる。

もうこのあらすじだけでダメな人はダメかもですが、こんなのは序の口です。衝撃のラスト20分間の残酷シーンときたら……でもこれ、アカデミー賞で評価されるくらいなので、ただの怖い映画じゃありません。

いま世界中で問題になっているルッキズムやエイジズムへの批判を込めた、女性のための、現代的な社会派作品でもあるんです。私もこれは、キョーレツだけど傑作と言わざるを得ないです。

●【香港アクション】『スタントマン 武替道』(24年、香港)

『サブスタンス』は、ある意味再起の物語でもあるんですが、『スタントマン 武替道』はもっとストレートな、「香港アクション映画」の再起に人生をかけた男たちの感動の物語です。

80年代の香港映画界を支えながらも、事故でスタントマンを死なせてしまったアクション監督サム(トン・ワイ)は、旧知の監督から数十年ぶりに復帰してくれと言われる。「香港アクション再興のためなら」と覚悟を決めて引き受けるが、時代はコンプラや安全重視ですっかり変わっていた。

昔ながらのモーレツ主義なサムが、優秀だが根性が足りない現代っ子たちと衝突しながらも徐々にその熱量を伝播させてゆく胸アツな展開。やがて新旧の歯車がかみ合い始めると、ラストには号泣確実なドラマが待ちうける。

往年の香港アクションに夢中になった人がこれを見たら、冗談抜きで泣き崩れると思います。2025年最大の掘り出し物として、強くオススメします。

●2026年、期待する映画

2025年は、このようにたくさんのドラマチックな映画と出会いました。そして2026年にも期待の作品がスタンバイしています。中でも私が気になるのは……。

『踊る大捜査線 N.E.W.』2026年秋公開予定

いわずと知れた織田裕二さん主演・大人気シリーズ最新作です。実は先日、山手線の新駅、高輪ゲートウェイで偶然この映画のロケを目撃したんです。そこには、変わらない青島刑事の姿がありました。再開発の象徴のような街で、90年代のヒーローが走っている……。思わず胸がざわつきましたね。「現場vs.組織」の構図は受け継ぐものの、かなり設定は変化するとのことで、いったいどう変わるのか、早く見てみたいです。

『ルックバック』実写映画版 2026年公開予定

人気漫画の実写映画化は『地雷案件』などと言われますが、監督が是枝裕和さんとなれば期待しないわけにはいきません。少女キャラの心理描写のうまさは『海街diary』(15年)で実証済み。何より映画業界で働く女性に聞くと、みんな是枝監督の人柄を絶賛するんです。実際監督にお会いすると、とても穏やかで優しい人で魅了されます。こういう人物じゃないと、女性ならではの心の機微を繊細に描いたこの原作は撮れないと思います。

『アベンジャーズ:ドゥームズデイ』2026年公開予定

MCU(マーベルシネマティックユニバース)を支えていたのは、やはりアイアンマンを演じたロバート・ダウニー・Jr.ではないでしょうか。彼がシリーズを去ってから、事実、MCUはかつての勢いを失っています。そんな彼が、まさかのヴィラン(悪役)としてアベンジャーズ新作に復帰です。久々に、ヒーロー映画をワクワクした気持ちで見られる予感がしています。

●それでも映画は、予想外の一作がすべてをひっくり返す

ということで2026年の映画界も、内外ともに話題作が目白押しです。

だけど、映画ファンに大きな喜びを与えてくれるのは、こうした「大作」「続編」「実写化」だけじゃありません。

いつだって、本当の意味で私たちを驚かせ、新たなステージへ連れて行ってくれるのは、クリエイターたちが魂を込めたオリジナル作品です。

まだ誰も見たことのない、新しいアイデア、キャラクター、そしてストーリー。それらが社会現象になったり、新たなシリーズに成長したり。そんな未知なる「大事件」が必ず起きるから、映画はやめられません。

●著者プロフィール


●プロフィール

前田有一(まえだ・ゆういち) 映画評論家。72 年、浅草出身。お笑いライブセミナー「オモシロ映画道場」、雑誌「時空旅人」、WEB「超映画批評」(https://movie.maeda-y.com/) など各メディアで活動中。著書『どうしてそれではダメなのか。』(玄光社)ほか。