戦後79年となり戦争の実体験を聞くことが難しくなってきた現在に、悲惨な戦争の歴史と記憶を後世へと繋いでいく大切さを思い、制作された映画『命継ぐ』。彩の国市民映画祭にて災害支援部門賞を受賞し、宮古島チャリティー国際映画祭にノミネートされました。 戦争や東京大空襲を約10年間調べて続けてきたHiroshi Fukai(ひろし ふかい)監督の、この映画に懸ける並々ならぬ思いを語っていただきました。
映画『命継ぐ』作品紹介
女子高生の澤村菜々香は、友達と遊びに行ったり、美味しいものを食べたり、毎日を何一つ不自由なく楽しく過ごしている。
両親と一緒に、田舎の祖父母と曾祖母が暮らす家に行くことになった菜々香は、そこでも友達と会って遊ぶ約束をする。
田舎の家で戦争で亡くなった祖先のお墓参りに行く話になるが、菜々香は友達と遊ぶので行かないと言い出す。
そのあと、菜々香の母親は、遊びに来た菜々香の友達の美由に、お墓参りに菜々香も行くからと、断りを入れてしまう。
それにキレた菜々香は、戦争は仕方のないこと、どうでもいいことだと言い放ち、お墓参りに行かなかった。
そして菜々香は父親から、曾祖母が辛い経験をした話を聞かされるが…。
映画『命継ぐ』公式サイトより引用
映画『命継ぐ』から学ぶ、戦後79年の今に歴史を学ぶ意味
ーこの映画はどのような作品でしょうか。
Hiroshi Fukai監督(以下、Fukai):日本で戦争があったことなど興味のない若い人が、戦争を体験した人から話を聞いたりしていく中で、戦争の悲惨さや残虐さを知り、それを伝えていきたいと考えるようになっていく話です。
ーなぜこの映画を制作しようと思ったのですか?
Fukai:戦後から79年が経ち、戦争体験者が高齢化し少なくなったことで、戦争の悲惨さや残虐さを実体験から聞くことが難しくなっています。若い人たちからすると戦争は遠い昔の物語のように感じている方も多いのではないでしょうか。戦争に対する意識が時代とともに薄れていってしまうことを危惧して、この映画を作りました。
私が学生の頃の修学旅行先は広島のことが多くて、そこで原爆で被災された体験者から話を聞いたり、また、周りにも戦争体験者がたくさんいたので、直接戦争の体験談を聞くことが多かったんですよ。その話を聞いたインパクトは今でも覚えています。
若い人たちにも、戦争のリアルな惨状を感じ取り、二度と過ちを繰り返さないように、後世に繋いでいくことが大切であるという思いから企画しました。
ーこの映画を通して伝えたい想いを教えてください。
Fukai:歴史を学ぶということは、単なる受験対策として出来事や年号を覚えることではなく、主体的に原因と結果、それに至るまでの経緯を考察し、現在や未来へ役立てていくということだと思います。自分から興味を持って調べていくことが大事だと伝えたいです。
戦争が身近でなくなっていくと、世の中が戦争の方向を向いてしまったときに、その流れを止められないんですよ。戦争の悲惨さを知らないから、みんな「それでいいんだ」というように世の中の風潮に流されてしまうんです。
戦争の悲惨さをみんなが分かっていれば、いざ戦争が起こりそうな時が来たとしても「本当にそれでいいのか」と疑問を持って反対する人が必ず出てくると思います。声をあげられる人になれるよう、興味を持って能動的に歴史を学んでほしいですし、この映画がそのきっかけになったらうれしいです。
ー戦争を題材に映画を作るにあたって資料集めなどが大変だったのではないでしょうか。
Fukai:とことん調べました。実は2013年にも戦争の映画を作っているんですよね。その時からずっと戦争のことを調べていて、東京大空襲・戦災資料センターはもちろん、九段下にある昭和館などに行ったり、戦争の本をたくさん買ったりもしました。戦争の映画や特集のテレビ番組もほぼ見ました。
戦争の内容だけじゃなくて、戦争が起きた背景とかその当時の世界情勢とか、そういうものまで調べました。争いという意味では戦国時代やさらにその昔の小さい集落でも争いは起きていて、人間の欲というものがある限り、戦争はなくならないというのは事実なんです。だからちゃんと歴史を学んで未来に役立てていかなければならないと、改めて思いました。
緊迫感とリアリティを演出する、こだわりの美術セット
ーつぎに、キャスティングについて教えてください。
Fukai:役柄のイメージを考えて、主要なキャストはオーディションで選ばせていただきました。“そんなにたくさんの応募は来ないだろう”と思っていましたが、ありがたいことに320人以上の希望者が集まり、全員と面接したのは大変でした(笑)。
ーロケ地について教えてください。
Fukai:主に千葉県の船橋市でロケを行いました。高校や広い公園などで撮影を進めましたが、昭和20年のシーンの撮影場所を探すのには苦労しましたね…。昭和初期の様相があって屋内と屋外の両方で撮影できるところ、さらには実際に火を起こせる場所という条件が全てクリアできる場所はなかなか見つかりませんでした。
最終的には千葉市内の古民家でロケを行うことができましたが、ロケ地が決まるまでは本当に撮影できるのか、ずっと不安でした。
ー「火を起こせる場所」というのはなぜでしょうか。
Fukai:空襲による猛火の臨場感を出すためです。映画に登場する炎の90%はCGですが、臨場感を出して撮影できるように火を起こしたドラム缶をおいて、炎を目の当たりにした緊迫感を作り出して撮影したかったんです。
ー撮影期間はどのくらいでしたか?
Fukai:2022年の3月から6月の中旬くらいまでです。結構長い期間だったと思います。やはり昭和20年のシーンの準備が大変でした。当時の衣装や防災頭巾を人数分用意したり、国策標語や戦時下標語の看板とかも準備したり…。
当時は爆弾の爆風でガラスが割れないようテープを貼っていたので、そのような細かいところまでセットを準備することに時間がかかったように思います。
ー撮影現場での印象深いエピソードはありますか?
Fukai:船橋市立船橋高等学校の演劇部のみなさんにも出演していただいたことです。3年間の高校生活がコロナ禍だったという方が多く、この映画の撮影を本当に楽しんでいただけたみたいで、少しでも彼らの青春の思い出になってくれたらうれしく思います。
同時に、この映画に現役の高校生に出演してもらうことで、“戦争に対して彼らに何かを感じてほしい”、“この映画の澤村菜々香、高崎美由みたいになってほしい”という願いもありました。
ー出演者の方とはどのようなコミュニケーションをとっていたのでしょうか。
Fukai:台本の読み合わせの時に「この映画は自然体で演じてほしい」とお願いしました。基本的にはそれぞれの俳優さんにお任せして、時々私がアドバイスをするという感じで撮影を進めていきました。
戦争のことについては、特に調べてほしいとか、勉強してほしいとはお願いしませんでしたが、5月の中旬、撮影が半分ほど進んだ頃に東京大空襲・戦災資料センターで主役の2人には戦争の体験談を聞いてもらったんですよ。
やはり直接聞くとリアリティのある内容は衝撃的であったようで、戦争に対する意識や理解が変わったように感じました。それぞれの役柄を演じるにあたって、大切なものを得ることができたんじゃないかと思っています。
実は『命継ぐ』の撮影と同時に、主役の2人が戦争の体験談を聞いて何を感じるのかというドキュメンタリー作品も撮っているんです。
彼女たちも最初は、「自分にとって戦争は遠いものだ」と感じていたのですが、戦争の体験談を聞いた後は、戦争があったということを実感し、気持ちの変化が起きたようでした。そしてその気持ちがその後の撮影の演技の深みにもなっていたならば良かったと思います。
ーなぜドキュメンタリー作品も作ったのですか?
Fukai:この『命継ぐ』で戦争の悲惨さや残虐さを後世に伝えていかなければならないと思っているものの、戦争の惨状には昭和20年のシーンで、軽くしか触れていないんです。
後世に語り継いでいくことの大切さは伝わったとしても、戦争自体の悲惨さや残虐さは伝わらないと思いました。なのでドキュメンタリーとして、戦争でどのような体験をしたのかという要素を盛り込んだ作品をもう1本作ったんです。
映画監督・Hiroshi Fukai「戦争の悲惨さの一端をこの映画で伝えたい」
ー特に注目してほしいシーンを教えてください。
Fukai:やはり昭和20年のシーンですね。子役の鈴木日彩さんは当時11歳でしたが、スタートがかかるとスイッチが入って表情が変わるんですよ。本当に涙を流してお芝居をしていて、セリフに感情が入っていたのでまさにリアルな演技でした。
それから予告編にも入っている主人公・澤村菜々香のお父さんが菜々香に向かって話をするシーンと、ラストシーンに特に注目してほしいです。
―映画祭などで上映してみて、その反応はどうでしたか?
Fukai:出演者のファンのみなさんや主題歌を歌ってくださっているシンガーソングライター・まにこさんのファンのみなさんは、この映画を応援してくれて、SNSの告知などの様々なご支援をいただいており本当に感謝しています。
出演している俳優さんのファンだから、主題歌を歌っているまにこさんのファンだからというきっかけからこの映画を観てくださった方もたくさんいらっしゃいましたが、うれしいことにみんな「良かった」って言ってくれました。応援してくれているファンのみなさんのためにも、この作品が広まればうれしいです。
実は今年の12月ぐらいに東京と大阪で一般公開しようと計画しています。
ー最後にひとこと、お願いします。
Fukai:これから日本では戦争体験を聞くということができなくなっていきます。そして若い人はテレビ離れが進み、スマホで自分が見たいものだけを見る時代になります。
戦争の本当の恐ろしさ、残虐さを知らない人が多くなっていくと考えられるため、「戦争とはなんだろう、どんなことが起きたのだろう」と少しでも興味を持ってもらえる一助になるよう、戦争の悲惨さの一端をこの映画で伝えたいと思います。
戦争を知らず、興味を持っていない若い世代や、暗記するだけのものとして歴史を勉強している小中高生のみなさんにも観てもらえたらうれしいです。
Hiroshi Fukai(ひろし ふかい)プロフィール
2015年に短編映画「仮面の少女」が小津安二郎記念・蓼科高原映画祭および長岡インディーズムービーコンペティションに入選。映像制作など情報通信の事業を行いながら、精力的に映画の制作に取り組んでいる。
●X 映画『命継ぐ』 @inochitugu