ホラー映画『鎮魂歌 〜たましずめのうた〜』の鬼才・松本了監督が語る、“安い、早い、うまい”を目指す映画制作の舞台裏

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7月公開のホラー・サスペンス映画『鎮魂歌 〜たましずめのうた〜』。低予算ゆえの制約がありながらも、監督の経験値と創意工夫で乗り切り、4カ月という短い期間で制作された作品なのだそうです。2023年ハンブルク日本映画祭の招待作品にもなった今回の映画で、脚本、監督、編集を務められた映画監督の松本了さんに、こだわり抜いた映画づくりについてお話を伺いました。

映画『鎮魂歌 〜たましずめのうた〜』作品紹介

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ひとりの女が、忽然と姿を消した謎の失踪事件。次々に発生する怪奇、そして死。闇の真相蠢くおぞましい恐怖。歪なクモ糸模様に結ばれた人間模様の綻びと亡者を招く鎮魂歌。

本格派ミステリー・ホラーサスペンス群像劇。重厚でドラマティックな恐怖を描くホラーサスペンスシリーズ「劇場版 現代怪奇百物語」最近作!2023年ハンブルク日本映画祭の招待上映作品。

2024年7月12日池袋HUMAXシネマズ 他全国ロードショー公開

※劇場版 現代怪奇百物語『鎮魂歌〜たましずめのうた〜』公式サイトより引用

鎮魂歌 〜たましずめのうた〜
~ 上原梨華失踪事件 ~ 都内在住の上原梨華が11月5日夜、忽然と姿を消した。 家族によると、アルバイトから帰宅後、よく通っていたというBARに行き、そ...

「身近な人の失踪」がテーマのサスペンス・ホラー映画

―7月12日から公開になる『鎮魂歌 〜たましずめのうた〜』は、ホラーが苦手な人でも楽しめるサスペンス・ホラー作品だそうですね。興味深いです!

松本了監督(以下、松本):この作品は、現代怪奇百物語というレーベルの劇場版第5弾です。1人の女の子が不可解な失踪をし、家族をはじめとするいろいろな人がその失踪事件に巻き込まれていくというミステリアスなストーリー。いろいろな伏線が散らばっているのですが、最後にそれがひとつに繋がっていくのを楽しみに見ていただきたいです。

―松本監督は脚本も担当されていらっしゃいますが、この話はどこから思いついたのでしょうか。

松本:昔、自分の身近な人と、いきなり連絡がつかなくなるという経験をしたことがありまして。結局1週間くらいして連絡がつき、なんのことはない「旅行に行っていただけ」というオチだったのですが、そのときに、人が急にいなくなることの怖さを感じたんです。いろいろ良からぬ想像をし、悪い方へ考えてしまう…。平穏だった日常が歪んでいくあの感覚を、映像作品で出せないかなと思ったのが制作のきっかけでした。

低予算映画なりの戦い方がある。こだわりは絶対に譲らない映画づくり

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―松本監督の映画づくりは、ちょっと変わっているそうですね。

松本:制作会社・LAMIAProjectはVシネマくらいの規模感の企画が多いんです。しかも、ひとつの作品の制作期間は4カ月と非常に短いのが特徴です。僕も、脚本から監督、編集とすべて担当しています。

実は映画の企画が持ち上がったら、脚本を作る前にキャスティングすることが多いんですよ。

今回の企画では、作品の企画が持ち上がった段階で、SNS上で「次の映画には誰に出てほしいか」とアンケートを取り、それを参考にキャスティングを考えました。今まで何作か出しているレーベルなので、アンケートでも常連の役者さんの名前が挙がる中、今回メインキャストを務めていただいた日向野祥さんは、アンケート結果からの起用です。僕が初めてご一緒させていただく役者さんで、ダメ元でオファーさせていただいたら、ありがたいことに快諾していただけました。

―なるほど、俳優さんが決まってからの脚本作りだったんですか。

松本:僕はオーディションではなく、ぜひ出演してほしいという人にオファーをかけるスタイルでやっています。メインキャストクラスの人は忙しく、先にスケジュールを押さえておかないと企画が始まらないので、「こんな方向性の話を撮ります」という段階で役者さんに出演を打診します。もちろん、どんな役者さんか徹底的に調べたうえで、ですけれども。

出演にOKしていただけたら、そこから脚本を書きだす。脚本は出演者が決まってから、その役者さんの演じる姿を想像しながら、当て書きで書いていきます。脚本は撮影の1ヶ月前に仕上げてお渡しするのですが、役者さんたちも、脚本を読んで初めて、自分がどんな役なのか分かるという…(笑)。

―それは役者さんもドキドキですね(笑)。

松本:制作予算が限られているので、撮影はたったの4日間しか取れないんです。できるだけコンパクトに、いい作品を制作していくための手段でもあるんですよね。

各俳優さんとのコミュニケーションは、撮影前に1日だけ確保。打ち合わせはもちろん、衣装合わせ、台本の読み合わせも、できる限りその1日に詰め込みます。あとはすべて現場対応というタイトなスケジュール感。場合によっては、僕と役者さんが初めて会う日がまさに撮影当日ということも。

ですがそこは役者さんもプロ。脚本を見せて「こんなのできないよ」と言われることもありませんし、こちらを信頼してくれて、出演してくれる。出演してくださる方ほとんどが、このやり方に慣れてくださって…(笑)。こんなイレギュラーな映画作りですが、スタッフ、役者さん、みんなの協力のおかげでトラブルはありません。

―聞けば聞くほどかなり凝縮されたスケジュール感!その独特の制作スタイルについていける俳優さんも、まさにプロフェッショナルですね。

松本:本当、そうですよね。

地方に行って泊まり込みでの撮影もなかなか組めず、撮影現場は必然的にアクセスのよい首都圏近郊に限られてきます。また、絶対に終電前には現場を終了させなければいけない。

例えば山のシーンを撮影したいときも、なんとか工夫して都内でできないかと考えてロケ地を模索しますし、まさにすべてが想像力、アイディア勝負になりますね。

もちろん、予算があれば嬉しいですよ。でも予算に恵まれた映画と僕の映画との違いは、きっと高級レストランのフルコース料理と、B級グルメのようなものかなと思っています。

時間をかけたら美味しいものはできると思う。でも、時間をかけられないから美味しくないわけでもない。ラーメンにしても、スープひとつに職人さんが人生を賭ける世界じゃないですか。僕はお客さんが楽しんでくれて、”もう一度見たい”と思ってくれる映画作りにこだわっています。

ちなみに今回の映画は、全体の1/3が学校の中での撮影でした。秩父の廃校を1日借りて撮影したのですが、独特な雰囲気で、日が暮れると怖かったのはいい思い出です。

―実際の撮影は、どんな雰囲気で行われたのでしょうか。

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松本:緊張感のある場面もありますが、あまり現場が固くならないように、和気あいあいとした雰囲気作りは大事にしています。

通常、映画はたった5分のシーンを撮るのに丸1日かけるのが普通ですが、80分映画を4日で撮りきるためには、1日20分は撮り進めなくてはならない。そもそもこのスケジュールが無理難題なので、現場にストレスが充満したらトラブルに発展してしまいます。なにしろ撮影が4日間なので、現場崩壊させるわけにはいかないんですよね。

昨今の映画業界で問題になっているパワハラ、モラハラなども絶対に避けたいので、職人気質で声を荒げがちなスタッフとは組みません。力を抜くところは抜き、気合を入れるところは入れる。メリハリをもって撮影に臨んでいます。出演者もスタッフも、事故なく皆さんがベストパフォーマンスが出せるように、日々考えながら制作しています。

―そんな思いで作られている映画だったんですね。SNS上で劇場公開を楽しみにしているファンが多いのも納得です。

松本:僕たちが作っているB級といわれる映画は、早い、安い、うまいが大事。“難しいことを考えないで、見終わった後に「面白かった」って終われる作品”がベストなんじゃないかと思うから、その部分を大事に作品作りをしていますね。

サクッと楽しめるものを作るって、実は意外と難しいんですよ。見終わってからよく考えないと理解できない難しい作品ではなく、1回見ただけで大体楽しめる。でももう1回見てみたいな…そんな余白がしっかりと残る作品づくり、バランス感には徹底的にこだわっています。だから「もう一度見たい」と言ってくださる方もいますし、2回見たらさらに伏線をしっかり回収してもらえる。それこそ僕の望むところです。

司法試験に失敗、リーマンショック、震災…。ピンチをチャンスに、前に進んできた

―松本監督は、若いころから映画監督志望だったのですか。

松本:大学時代は弁護士志望だったんですよ。法律を学び、司法試験にも2回チャレンジしました。でもダメで、司法試験浪人をするよりはとWEB制作会社に就職しました。

小さな会社だったので、ディレクターも技術的なことも、いきなり全部の仕事を任され、そこで一通り覚えていくんです。今から20年ほど前の話です。

当時YouTubeやニコニコ動画のようなストリーミングサービスが盛り上がってきた時代だったので、会社でも動画をやろうということになったけれど、やれる人がいない。そこで僕に白羽の矢が立ち、映像制作を始めました。

その後、ヘッドハンティングで別の映像制作会社に移り、ディレクターとして1~2年経て、20代後半からフリーランスに。会社員時代は激務だったので、もう少し人間的な生活がしたいというのがあったものですから。

そのうち、もう少し大きい仕事がしたいと思い、30歳になってから大阪から東京に出てきました。その後、リーマンショックと東日本大震災が起こりました。仕事は全部吹っ飛んでつらかったのですが、生放送のチャリティ番組からたくさん声をかけていただき、ノーギャラで参加しました。暇だったし、ご飯もごちそうになれますし、一応営業にもなるかという気持ちもあって。そのときに芸能関係の方とパイプができたんです。

―なるほど。人生の節目で何か問題が起こっても、落ち込むことなく前に進まれてきたんですね。

松本:そのうち、ホラー映画の監督さんから「スタッフとして手伝ってもらえないか」と依頼が来るようになりました。

実は僕はホラーは苦手だったんです、怖いのが苦手だから(笑)。

「でもそんなに怖い部分じゃないからお願い」と言われて引き受けて。評判がよかったようで、終わったと思ったらまた依頼が来る。ちょっとだけならいいかと思って手伝う。

するとそのうちに、「まるっとやってくれませんか?」と言われるようになって、いつしか監督をやらせていただくようになったんです。

大ヒットとまではいかないまでも、かなり興行成績はよかったようで、さらに依頼される。気付いたら、月に3本から5本は同時進行しているような状況になっていました。

30歳半ばになって、自分として「依頼された仕事を請け負っているままでいいのかな」という気持ちが生まれてきて。

映像制作は楽しかったし、やりがいがあった。自分には監督としての下地は足りないけれど、でもこれ一本でやっていきたいと思っていました。そこから、作品作りを専門にしたいと思うようになり、自分だけの会社を作ろうと、会社を立ち上げました。

制作を外注するというのではなく、企画から編集まで、全部の工程に僕が参加しなくては成立しません。でも、それが僕の戦い方なんです。

大きなメーカーさんに勝てるわけはない。知識もないし、僕より優れた監督は山ほどいる。そこで競争するのではなく、自分のメーカーを作り、流通・販売もやり、大手の流通会社にも営業に行く。もちろん、弱小メーカーは普通なら相手にしてもらえません。でも僕には、“松本了”という名前で数を作って売ってきたキャリアがあった。赤字の作品はなかったし、各バイヤーさんは僕の名前を知ってくれていました。だから直で取引させてもらえるようになったんです。

―今までの努力は無駄じゃなかったんですね。松本監督の今後もお聞かせください。ホラーというジャンルにこだわっていかれるのですか?

松本:いえ、僕がたまたま主戦場にしてきたのがホラーなわけですが、僕はもともとホラーが苦手です。それだと、才能がある人に負けてしまうんですよ。純粋なホラー映画も作ったことはあるのですが、それよりもサスペンス色が強いほうが好評ですね。

実はホラー以外の作品も制作しているんです。例えば映画『鎮魂歌 〜たましずめのうた〜』と同時期に公開している映画『ペテン狂騒曲』は、法律の世界を題材にしたコメディタッチの群像劇です。法学部出身ですし、裏社会や法の世界には興味があるので、そういったジャンルでも勝負したい気持ちはありますね。

ペテン狂騒曲
ハイエナと呼ばれた弁護士・坂木誠人と、裁判に勝つためには手段を選ばない検事・我妻泰史。二人が真っ向から対決した殺人事件裁判は無罪判決で坂木の勝利に終わった。時の...

おかげさまで僕の会社も9年目を迎え、土台が固められたので、僕の作品だけを世に出すという個人のレーベルから脱却したいんですよね。今後は僕以外のいろいろな監督さんに作品を撮ってもらいたいなとも考えていて、いろいろな作品を展開していける会社に育てていきたいなと考えています。

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松本了(まつもと りょう)プロフィール

大阪市出身。同志社大学法学部卒業。 映像ディレクターとして数々のCM、企業VP、DVD、番組制作等を担当。ホラー作品では独特な世界観と構成による作品手法には定評があり、今まで監督したホラーDVD作品は100本以上。ホラー界の一端を担う存在となっている。映画『ペテン狂騒曲』『カルマカルト』『よもつへぐい』『現代怪奇百物語 』のほか、DVD『心霊曼邪羅』『心霊盂蘭盆』など多数制作。 LAMIAProject所属。ねこ派、温泉大好き。

●X  @Ryolamia
●映画『鎮魂歌~たましずめのうた~』公式サイト

文:小澤彩

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