テレビドラマや映画、舞台などで活躍する俳優の小野剛聖(おの こおせい)さん。幼少期をヨーロッパで過ごし、演技はイギリスの学校で学んだという帰国子女で、現在は俳優の傍らナレーションや日英翻訳などマルチに活動中。
自身の人生を「失敗の連続」だと話す小野さんの俳優人生に迫ります。
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出演: 小野剛聖
取材協力:U-WATCH(ユーウォッチ)
撮影/編集: 山﨑拓実
「俳優でいるために」他の仕事にもチャレンジ
ー小野さんは俳優、ナレーター、映像クリエイター、翻訳など多岐にわたり活動されていますね。現在は何のお仕事を中心にされているのですか?
僕はずっと、俳優を軸に活動していますが、俳優の仕事は不安定な面があります。そのため、ナレーションや動画編集など、俳優以外の仕事にも挑戦しています。
ー動画編集や翻訳のお仕事って俳優とは少し遠いものに思えるのですが、もともと興味があったのですか?
興味は全くなかったですね。細々した作業も得意ではないのですが、トレーニングみたいな感覚でやってみると、できるようになるのが嬉しいですよね。
なんでも最初は大変だと思うんですけど、とりあえず挑戦してみることが大事だと思っています。
ー小野さんがプロデュースされた短編映画『Brothers(ブラザーズ)』についてお聞きしたいのですが、どのような作品なのでしょうか。
『Brothers』はもともとコロナ禍で、自分を見ていただくための映像資料として制作したものなんです。
オーディションができない、でも書類だけじゃわからない、という中で、先輩が映像資料を作っているのを見て、僕は映像資料を持っていないなと思って。
元々演技リールとして予定していましたが、脚本が上がってきたらストーリー性があって、短編として仕上げることにしました。
『Brothers』は企画からスタッフ集め、撮影まですべて込みで7日間で制作しました。
僕は結構思い付きで行動しがちですが、その思い付きで始めたことに、「面白い企画だからやってみよう」と力を貸してくださる方たちがいて、本当にありがたかったです。
最近うれしい話があったんです。実はとある映画祭の審査員をされている方からのフィードバックを頂いたのですが、、300作品ほどあった中で、「ブラザーズがすごくよかった」と評価していただき、「あ~やっててよかったな」と感じました。
ーすごく短い期間で制作されたんですね。キャスティングも小野さんがされたそうですが、どのように?
まずは、英語で芝居ができる人。それから海外に行きたいと思っている人、ということを考えていました。
といっても、7日間という限られた時間の中でのキャスティングやスタッフィングをする必要があり。その際に知人や仕事で関わった方々を中心にお声がけをしました。
ーコンセプトとしては、「日本と海外をつなぐ」ような感じなのでしょうか。
はい、まさにそういう想いで作っています。着想を得たのは1930年代にピーキーブライダーズというイギリスに実在したギャングの話をもとに作成されたドラマがあり、もしも日本人のギャングがいたら面白いだろうなと思って企画を始めました。関わったくれた人たちはもちろんですが、特に「Brothers」を監督してくれたドリアン後藤ストーンさんがいなければ成し遂げられなかったと改めて思い感謝しています。
ー小野さんは海外の方ともお仕事をされる機会が多いと思うのですが、日本と海外の制作や演出などの違いは感じますか?
まず根底として、人種という区別では考えられないものだと思っています。
日本人だからこう作る、海外だからこう、ということではなくて、監督さんの経験値や思いによって全く異なるものだと思います。自分が描いているものに対して、どのような演出をするかは皆さんそれぞれ違うからです。
そこに、国や人種、言語は関係ないんじゃないかなって思っています。
人生のどん底を味わって、“俳優”に勇気をもらった
ー小野さんはなぜ俳優の道を志したのですか?どのようなきっかけがあったのでしょうか。
僕は12歳から15歳までイギリスで暮らしていたんですけど、当時は俳優になりたいと思ってはいませんでした。科学が好きだったので、なんとなく将来は科学者とかになるのかなって思っていました。
15歳のときに、父が経営していた会社が倒産し、僕はすぐに学校を退学せざるを得ませんでした。「明日からどうやって生きていけばいいのか…」と絶望していた時、母がウエストエンド※に連れて行ってくれて、『三十九階段』という舞台を観ました。
※ロンドンのウエスト・エンド周辺にある劇場区。ニューヨークでいうところのブロードウェイのようなもの
その舞台はキャスト4人で139役を演じ分けるのですが、当時、自分の将来に希望が持てなくなっていた僕は、その舞台を観てすごく勇気づけられたんです。
ーその後、どのように俳優の道に進むことになったのですか?
日本に帰国後、横浜の高校に通っていたのですが、当時、僕の父がとある俳優さんと仲が良くて、その方に僕の演技を見ていただきました。
「いけるかはわからないけど、とりあえず頑張れ」と背中を押してもらい、藤原竜也さん主演の舞台『身毒丸 復活』(2008年)のオーディションに参加しました。
最後の10人まで残りましたが結果は不合格でした。自分は俳優に向いていないのかもしれないと諦めてしまい、チャレンジする勇気を持てなくなっていました。
今思えば、最後の10人まで残れたのだから向いていたのかもしれませんが、当時の自分は考え方が甘かったと思います。
その後、再びイギリスで暮らしていた時期があり、ウエストエンドの舞台をよく観に行きました。そして、日本に帰ってきたときに「やっぱり俳優をやりたい」と強く思うようになりました。
そんな時に、「デビュー」というサイトに載せていた僕のプロフィールを見てスカウトしていただきました。それがきっかけで本格的に俳優を目指すことになりました。
ー諦めかけた夢に再び向かっていったんですね。
実は、映画会社の方にお会いしたこともあるのですが、会うなり「君、向いてないよ、やめたほうがいいね」と言われたことがあります。
今なら、そう言われて辞めるくらいなら向いてないってことだって分かりますがが、当時は結構ナイーブだったので…もったいないことをしたという後悔はありますね。
本当に失敗の連続というか、僕は初対面の人には「すごく明るくて陽気な人」というイメージを持たれることが多いのですが…それは合ってます(笑)。
でも、その裏には多くの試行錯誤や失敗があり、それが今の僕を形成しているのだと思います。本当にいつも手探りでやってきました。
ー小野さんは考えるよりもまず行動、というタイプですか?
考えることもありますが、考えたところで、「どうにかなるでしょう!」って思っちゃいます(笑)。
行動したからこそ、今に繋がっていますし、失敗したら怖いなという状況があったとしても、怖いと思いながらも飛び込むことで得られるものがあると思います。
自分で企画した作品が多方面から評価をいただき、次につながっています。
万人受けする手法ではないのでお勧めはしませんが、私にとって得られるものは非常に大きかったです。「失敗しないために失敗しにいく」僕はそんな感じで生きていますね。
すべての仕事が俳優につながると信じて突き進む
ー失敗し続けても挫けないのは何が原動力になっているのでしょうか。小野さんにとって、俳優の仕事はどんな魅力があるんですか。
いや~、この話をすると僕、泣いちゃいますよ(笑)。
15歳で突然学校に行けなくなり、生きる気力がなくなってしまいました…そんな時に、俳優という仕事は「体一つでいろんなことを表現できて、人に勇気を与えることができる」本当に尊い仕事だと感じたんです。
当時は舞台上にいる俳優さんしか目に入っておらず、一緒に舞台を作るチームの存在に気付いていませんでした。
でもこの仕事を始めてから、監督さん、照明さん、カメラさん、音声さん、技術さんなど、本当にたくさんの人が携わって一つの作品ができていることを知りました。
俳優は花形だと思いますが、その裏で支える方たちが作り上げたものに息を吹き込むという仕事をしていると考えると、改めてその尊さを感じます。
ー小野さんが俳優の道に進まれたことをご両親は応援してくれているんですか?
両親とも「いいじゃん、チャレンジしてみたらいいじゃん」と応援してくれました
「向いていないよ」「やめたほうがいいよ」という人が9割で、残りの1割くらいが家族や友達、その人たちに支えられています。
ー応援してくれる人がいるから頑張れるんですね。2024年もあと半分ほどになってきましたが、どういう年にしていきたいですか?
今までやってきたことをひたすら続けていくしかないと思っています。間違っていたり、うまくいかなかったりしたら、手法を変えて軌道修正していくしかないです。
僕はフリーランスでやっているので、正直大変なことも多いです。
本当にしんどくて、やめたいって思ったことが何度もあります。でも、最後まで継続した人にしか見れない世界があるんじゃないかなと思います。
カッコつけてますが、本当は助けてほしいです(笑)。
ー最終的にどうなりたいっていうのはあるんですか。
やっぱり俳優として生きていきたいです。
今後もナレーションや通訳、翻訳とか色々なことに挑戦したいと思っていますが、それは俳優を続けたいからです。すべてのことが俳優に繋がっていると信じてやっています。
ー小野さんは本当に俳優というお仕事が好きなんだなと感じました。今後のご活躍も楽しみにしています!ありがとうございました。
小野剛聖(おの こおせい)プロフィール
日本生まれ、海外育ちの帰国子女。幼少期と青年期を主にヨーロッパで過ごす。映画『SAYONARA』や『Brothers』などのプロデュースを手掛ける一方で、オーストラリアの劇団Dead Puppet Societyとの脚本開発にも演者として参加。俳優業にとどまらず、ナレーション、バイリンガルMC、英語監修、制作など幅広く活動。特にイギリス英語のアクセントが得意で、必要に応じてコーチングも行う。
合作作品が増加傾向にある昨今、英語力を必要としている現場があれば、ぜひ小野剛聖にお問い合わせください。
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