2024年3月に開催された彩の国市民映画祭で特別上映された映画『風のレゾナンス』。
初主演にして“無戸籍の女の子”という難役を好演した佐藤菜南(さとうななみ)さんに、映画の裏話から俳優を目指したきっかけまで、様々なことを語っていただきました。
映画『風のレゾナンス』作品紹介
25年間母親と2人暮らしをしていたトーコには戸籍がなかった。アフターケア相談施設でもあり和太鼓スタジオの「風のひろば」で一時保護され、施設長の千川のり子と弁護士の富永カズオの協力により戸籍をつくる方法を探すも肝心のトーコは全く口を開かない。次第に風のひろばでの暮らしに馴染んでいき、仲間と和太鼓の練習をしていくようになって心を開いていくトーコがようやく戸籍がない理由を語り始める。生まれた時にお金が払えず出生届がもらえずそのまま逃げ隠れるように生きてきたことが原因だったのだ。その出生届を手に入れることができれば戸籍ができるということがわかったのだが、そこは2011年3月の震災時に津波で流された宮城県の女川町の病院だった…。
彩の国市民映画祭公式サイトより引用
難しい役に向き合い、日常生活のふとした瞬間にも役作りをした
ー映画『風のレゾナンス』はどのような作品なのでしょうか。
佐藤菜南さん(以下、佐藤):この映画は25年間お母さんと2人で暮らしていた主人公のトーコという女の子が、あるきっかけから保護施設で保護されて、施設長や弁護士の方、同年代の仲間たちに助けてもらいながら自分の人生を取り戻していくというような物語になっています。
ートーコという登場人物はどのようなキャラクターですか?
佐藤:トーコには戸籍がなく、ずっとお母さんと2人で暮らしているんですよ。外の世界は何も知らない状態で施設に保護されたので、最初は周りの人とうまくコミュニケーションがとれないような人でした。周りに助けてもらって成り立つ主人公だと思います。
ートーコとの共通点はありましたか?
佐藤:映画の中盤あたりで、トーコが男の子と2人で話すシーンや、やっと仲間たちと打ち解けたようなシーンがありますが、その時に自然と口から言葉が出て会話できた感覚が自分の中にあったので、性格的なところは似ているのかもしれません。
ー無戸籍という複雑な事情を抱えるトーコですが、どのように役作りをしましたか?
佐藤:本当に難しい役だと思ったので、台本をもらってから撮影までの間に日常のふとした場面で「トーコだったらどうするか」ということを考えながら生活していました。自分をトーコというキャラクターに近づけるというよりも、まずはトーコに共感することを意識しました。
周りに無戸籍の人がいるわけでもなかったので、「無戸籍の女の子」を本当に演じることができるのかという不安は強かったです。撮影をしている最中も、小山田織音(こやまだおりおん)監督とたくさん話して、試行錯誤をしながら役作りをしていった部分も多かったと思います。
ーなるほど。日常生活のどのような場面で役作りをしたのですか?
佐藤:コンビニで買い物をする瞬間も役作りをする時間でした。トーコはお母さんとずっと2人で暮らしていたので、コンビニに行って買い物をして、お金を出すという行動自体もできないと思います。それを想定したうえで、「トーコだったら何からやり始めるのか」を考えてイメージしていました。
ーこの映画はトーコとお母さんの関係性もひとつのポイントですね。
佐藤:そうですね。世間から見るとトーコのお母さんは毒親だと思いますが、トーコからするとそれは普通の母親なんですよね。トーコは自分のお母さんしか知らないし、頼る先もお母さんだけだから、何かあってもお母さんにすがるしかないということは意識してお芝居をしていました。
ー特に印象に残っているシーンについて教えてください。
佐藤:特に印象に残っているのは主要キャラクターの4人で和太鼓の練習をしている時にトーコが倒れてしまうラストシーンです。クライマックスだからという理由もあると思いますが、この作品に出演している俳優としても思い入れのある印象深かったシーンです。
「新しい経験ができた」主演を務め、俳優として感じた確かな成長
ー撮影期間はどのくらいだったのでしょうか。
佐藤:撮影した日数自体はトータルで10日以内だったと思います。俳優さん同士のスケジュールを調整して、2023年の7月から10月の3ヶ月の間に10日ほど撮影する日がありました。
ー10日間というのは結構短い撮影期間ですよね。
佐藤:そうですね。みなさんの都合が合った1日に詰め込んで朝から夜まで撮影を続けるような時もありました。トーコとお母さんの2人のシーンと、保護されてからのシーンを行ったり来たりして撮影すると、沈んだ気分の時といい気分の時が1日に何回も来るので、そこは大変でした。
ー『風のレゾナンス』を経て成長したと感じることはありましたか?
佐藤:私は今まで感情を前面に出すような役はやったことがなかったのですが、トーコは強い負の感情を抱えている人物でした。今回トーコを演じたことで、俳優として成長できたと感じますし、新しい経験ができたと思います。私自身、普段から感情を表に出すタイプではないですし、以前、小山田監督からいただいた役も落ち着いている大学生役だったので、今回の映画のトーコ役は新鮮でした。
ーこの映画に対して、最後にひとことお願いします。
佐藤:この映画は35分の短い映画なので、色々な人に観てもらいやすいと思います。「無戸籍という言葉には聞き覚えがある」というような方でも気軽に観てもらえるとうれしいです。
この作品のキーワードである「無戸籍」と「和太鼓」は万人受けはしないかもしれませんが、みんなが知っていて興味を引けるキーワードではあると思います。登場人物も20代中盤がメインなので、同世代の方には特に観てもらいたいです。
ーなるほど。確かに和太鼓にも注目ですね。
佐藤:小山田監督からこの映画のお話をもらう前に「和太鼓できる?」と聞かれて「できないです」と答えたのですが、そのあとに私の役を聞いたらがっつり和太鼓を演奏しないといけない役だったんですよ(笑)。
この映画に出演している方の中に、和太鼓の先生をやられている方がいらっしゃたので、その方からレッスンを受けて、みんなで手にマメを作りながら和太鼓を演奏していったのは思い出です。
俳優と会社員の両立「色々挑戦して経験を積んでいきたい」
ー佐藤さんご自身のことについても教えてください。俳優を目指した理由はなんだったのでしょうか。
佐藤:私は1クールに20個のドラマを見るくらい、ドラマが好きということが大きな理由だと思います。幼稚園生の頃にお昼に放送されていたドラマを見たときから、ずっとドラマを見て育ってきたんです(笑)。
高校生の時にアルバイト感覚でエキストラのお仕事をやり始めて、大学生の頃に俳優のモロ師岡さんのワークショップに参加してから本格的に俳優を目指すようになりました。
そのワークショップは初心者、未経験者でも参加でき、ドラマの世界にも興味があったので参加してみたら、とても面白くて楽しかったんです。
ーワークショップでは何をやったのですか?
佐藤:喜怒哀楽を120%で表現してみるゲームやペアを組んで短い台本を使ってお芝居をしてみるということをやったと思います。
普段受けているレッスンや別のワークショップでは、先生と生徒という感覚が強かったのですが、モロさんのワークショップは一緒にやっている感があったので、すごく楽しかったです。
ー俳優業だけでなく会社員としてもお仕事をされているそうですね。
佐藤:そうですね。会社員と俳優のバランス的には大変ではないですが、平日は俳優のお仕事ができないので、もらえるお仕事や案件の数がどうしても減ってしまうのは悩ましいところだと思います。
ー特に思い出に残っている出演作はなんですか?
佐藤:今回の『風のレゾナンス』が初めての主演作だったので特に印象深いです。
あとはドラマの『潜入捜査アイドル・刑事ダンス』(2016)の現場も思い出に残っています。役の名前も無いような人物でしたが、ワイワイした雰囲気でスタッフさんも爆笑していた現場だったので今でも覚えています。
ーこれから挑戦してみたい役はありますか?
佐藤:私は日常系のドラマが特に好きなんですよ。なので、ドラマの主人公と仲の良いご近所さんとか、行きつけのお店の店主さんとか、日常生活を支えてくれているような人の役をやってみたいです。
ー役作りをする時やお芝居をする時に大切にしていることを教えてください。
佐藤:経験も少ないので、いつも悩みながら役作りをしていますが、“その役だったらこのときどうするかな”ということを日常に落とし込んで手探りで毎回役作りをしています。
お芝居に関しては、「作りすぎないこと」もポイントなんだと思います。今回のトーコも最初の部分でもっと暗いお芝居をすることはできたと思いますが、そうしてしまうと作りすぎてると感じたので、自分のトーンに少し寄せてみるということも意識してみました。
作りすぎず、自分の雰囲気もうまく使うことで、リアルなお芝居ができるのではないかと思います。
ー俳優としての今後の目標を教えてください。
佐藤:これから色々挑戦して経験を積んでいきたいです。朝ドラや大河ドラマも好きなので、いつか出演できたらいいなと思います。
佐藤菜南(さとうななみ)プロフィール
会社員として働きながら、俳優業にも精力的に取り組んでいる。
ドラマ『潜入捜査アイドル・刑事ダンス』(2016)をはじめ、『暇なJD・三田まゆ~今夜、私と“優勝”しませんか~』(2017)や映画『怨泊 ONPAKU』(2024)、大和ハウスCM「かぞくの群像」などに出演。舞台では、劇団0.9『愛してほしいの』(2019)の出演経験があり、ジャンルを問わず活躍の場を広げている。
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