映画『じょっぱり―看護の人 花田ミキ』五十嵐匠監督×王林対談。「演技は未経験だったけど、 “じょっぱり魂”で演じたシングルマザー役」

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現在公開中の映画『じょっぱり―看護の人 花田ミキ』は、青森の有名な看護師・花田ミキの生涯をたどりながら、シングルマザーのちさとと花田の心の交流を描いた作品です。映画の中でシングルマザーの役を演じているのは、バラエティ番組で活躍中の王林さん。本格的な演技は初めてという彼女、そして王林さんに白羽の矢を立てた五十嵐匠監督に、撮影の裏話や映画の見どころをお伺いしました。

映画『じょっぱり―看護の人 花田ミキ』作品紹介

シングルマザーとして息子リクの子育てに追われる日々をおくっていたちさと(王林)は、仕事場のスーパーの常連である花田ミキ(木野花)と出逢う。人嫌いとして近所でも有名であった花田だが、ちさとやリクとの何気ない日々を過ごす中で、人のぬくもりに触れ、自然と心を通わせていく。

花田は自分がかつて看護師であったこと、当時の社会情勢、そして自分が今日までどのような生き方をしてきたのか語り始める。

花田の若い頃(伊勢佳世)の姿は、八戸赤十字病院で集団感染が起きたポリオの治療法を広め、看護に対して誰よりも直向きに向き合い、生き抜いた姿だった。ちさとは、幼い頃に亡くなった自分の母親も看護師であったことから、花田により親近感を抱くようになっていったのだが……。2024年7月より、全国4カ所(青森、弘前、東京、神奈川)で上映中。

※映画『じょっぱり―看護の人 花田ミキ』公式サイトより引用

青森の伝説の看護師・花田ミキの生涯をたどるストーリー

―映画の公開、おめでとうございます。青森の看護師、花田ミキさんの生涯を追った映画ですが、まずは監督から、この映画を作ろうと思われた経緯を教えていただけますか。

五十嵐監督(以下、五十嵐):花田ミキさんは、従軍看護師として日中戦争、太平洋戦争を経験し、戦後は青森県で看護教育や、へき地救護看護の確立に努めました。

実は私自身、2歳のときに、奥羽本線という汽車の中で花田ミキさんに命を救われた一人なんです。

はしかで高熱が出て呼吸が止まってしまい、一緒にいた母は気が動転して。たまたま居合わせた花田さんが、私が舌を噛まないようにと、割り箸におしぼりを巻いて猿轡(さるぐつわ)のようにかませ、汽車を止めて僕を降ろして病院に送り出してくれた。

僕の命の恩人である花田さんのことを、なんとか死ぬまでに映画にしたいという思いが、ずっと心にありました。

王林さん(以下、王林):王林も花田ミキさんという方の存在は知っていたんですよ。本当に“青森の伝説の人”みたいな感じで。

私からすると、花田さんは“いろんなことをじょっぱり魂で乗り越えてきたすごい人”。だから今回、「花田ミキさんの人生を映画化する話がきているけれど、どうする?」と言われたとき、演技未経験の私が参加したら作品の邪魔になっちゃうと思って、お断りしようと思ったほど。

でも、監督に初めてお会いしたときに、監督の幼い頃の話をお聞きして、監督自身の感情をぶつけられて、“この映画に参加しない選択肢はないな”と思ってしまった。初対面なのに、王林の心を全部見透かされているような気がしました。

―おふたりは、初めて会った日のこと、覚えていらっしゃいますか?

五十嵐:そりゃ覚えていますよ!初めて王林と会ったとき、“あ、これは、映画の出演、断られるな”って一瞬でわかったの。だって、なんとなくクマでも見るようなキョトンとした目で僕を見ていたから(笑)。

王林:監督は第一印象からインパクトあり過ぎだったんです(笑)!

映画の話をする前から、「映画で使うかもしれないから、このあたり2、3曲歌っておいてほしいんだよね」「ここをちょっとやってみようか」って言われて。

でも、監督と話しているうちに、気が付いたらだんだん心と心で会話してた。

熱い思いでぶつかってくる監督の言葉に、“ああ、最近、人とこんなにちゃんと向き合ったことなかったな”という気づきもあって。

映画の話は断るつもりだったけど、王林がもし演技が下手だったり、できないことがあったりしても、この監督なら任せられる、きっと王林を映画の世界に導いてくれる。そう思えたから、「ぜひやらせてください」って言葉が自然と出てきてました。

―そんな風に映画は動き出したんですね。

王林:この映画は、ちょうど私が “りんご娘”というローカルアイドルグループから卒業してすぐのお話だったんです。監督は、私のことをいろいろ調べてくださっていて、グループを卒業するときに抱いた葛藤とか思いも理解してくれて、「今までつらかったときも、お前の中にある“じょっぱり魂”っていうもので戦ってきただろう」って。

そう言われて、青森生まれの自分の中に、花田さんと共通する“じょっぱり”があるんだと気付かされました。

五十嵐:王林はそれこそ、小学生のときからアイドルをやってる。小さいときから大人たちの中で揉まれて、今やここまでの存在になってる。ぽっと出の人じゃない。“じょっぱり魂”以外の何物でもないんですよ。だから一緒に仕事したい、この人に賭けたいって思ったの。

脚本があって王林が演じるんじゃない。王林を活かせる脚本を作ろう。そう思って、そこから僕は当て書きで脚本を作っていったんです。王林は歌が上手だからぜひ劇中で歌ってもらいたいと思って、カラオケのシーンを作ったほど(笑)。

青森の人なら誰もがわかる“じょっぱり魂”が作品の根底に流れている

―作品名でもあり、先ほどからお話に上がる“じょっぱり”ですが、私にはちょっと聞き慣れない言葉です。

五十嵐:“じょっぱり”は青森の言葉で、頑固とか意地っ張りというような意味ですが、その裏には、我慢強かったり、人に迷惑をかけてでもやり通す強い意志だったり、そういう深い意味があるんです。

王林:“じょっぱり”という言葉を意地っ張りと一面的にとらえると、マイナスな感じがするかもしれませんが、実はプラスな意味でも使える言葉で。

熱い思いを持って、周囲に「頑固だな」「意地っ張りだな」と思われても、そこを貫き通して、自分が思っていたものを形にすることが“じょっぱり魂”。

青森にはまだ伝統工芸品が多く残っていたり、職人気質の人が多かったり…、それこそりんごだって、青森の生産量が多い理由は、みんなが“じょっぱり”の気持ちで必死にりんごを栽培し続けてきたからじゃないかなと思う。

王林は、青森県自体が“じょっぱり魂”でできていると王林は思っているんです。

五十嵐:花田ミキさんも、この“じょっぱり魂”を持った人。男尊女卑の考え方がまだ色濃く残る戦後の時代を生き抜き、看護師、保健師としてさまざまな人の命を助けて、生涯独身のまま老後を迎えた女性です。

そんな花田さんと出会うのが、今回王林に演じてもらった“ちさと”というシングルマザー。ちさとは架空の人物ですが、実母からの愛情不足や17歳での出産経験など、さまざまな苦労を経て生きている。

そんな2人が、次第に心を通じ合わせていく。お互いに励まし合い、癒し会いながら次へ向かっていく、シスターフッド(女性同士の連帯、親密な結びつきの意)っていうのかな。今回の映画は、女性への応援歌のつもりなんですよ。

女性2人が、お互いに過去をさらけ出しながら、未来に向かって生きる。そんな人生の応援歌に、“じょっぱり”というキーワードがマッチしたんです。

王林:監督、木野花さん、出演者の皆さん、スタッフの皆さん…。本当に全員“じょっぱり魂”がすごいメンバーばかりだった。「ただ監督に従っておけばいい」じゃなくて、全員がちゃんと意見を出して「こうやろう」と本音をぶつけ合うチームだったから、みんなの熱い思いをすごく感じました。

演技に初挑戦した王林。クライマックスのシーンでは涙が自然にあふれた

―王林さんは、今回の映画で女優に初挑戦されました。どのように役作りをされましたか?

王林:現場では、五十嵐監督と、花田ミキさん役の木野花さんに、演じるとはどういうことか、いろいろとお話をお聞きしました。監督と木野さん、それぞれ演じることに対して、異なる価値観をお持ちで。演技への向き合い方ってひとつじゃないんだ、と学びました。

―例えば。

王林:ちさとに共感できる部分を自分の中に見つけて演じるのか、それとも全然違う“ちさと像”を演じるのかでも違うと。

王林はまだ子どもを持ったこともないし、幼少時代に寂しく育ったちさとと違って、家族の大きな愛を受けて育ってきたから、ちさとになりきれる自信がなかったんです。

だから、「自分はちさとみたいな経験したことあったかな?」「一生懸命何かをやったことあったっけ?」というのを自分の中からいっぱい探して演じようとしてました。ちさとを理解できない分、監督や木野花さんとたくさん話し合って、役に向き合いました。

―王林さんにとって、印象に残っているシーンはどこですか?

王林:やっぱりカラオケのシーンですね。

花田さんとちさとが、カラオケをしながら初めて本音で向き合うんです。ちさとの感情が激しく動く場面…。自分の中では、この映画を通して一番の山場だと思ってました。

このシーンを乗り切れるか不安に感じていたら、監督と木野さん、おふたりが「僕(私)はこう思う」って話してくださって。

作品に対する思い、花田さんのちさとへの思い、ちさとが抱いている気持ち…。ふたりのお話を聞いているうちに、私自身、ちさとという人間になれた気がした。だから、2、3回撮り直して、監督が「OK!」って声を下さっても、「もう一度やります」って言って撮ってもらって、その最後のテイクが採用されました。

五十嵐:役者さんには、追い込むと何かを返してくれる人、追い込むと落ち込んじゃう人、2パターンあるんですよね。王林と話しているうちに、この人は追い込めばこっちに何かを出してくれる人だって思った。それが最後の一押し、「もう一度やります」につながっていったわけ。

王林:撮り直しはスタッフみなさんにご迷惑をかけるなとわかっていたけど、ここで終わったら王林はこの先、一生後悔するなって思ったから、OKもらったけれど、絶対にもう一度撮ってほしかった。その結果、最後のテイクで自分の中にちさとがいるって実感しながら撮影に臨めたし、あんなすごい演技、初めてできた。

泣こうと思って泣いているわけじゃなくて、辛くなって自然にあふれた涙。目の前の花田ミキさんに気持ちを伝えたくて出てきた涙…。あの瞬間、自分でも、もう二度とこの感情には出会えないんじゃないかっていうくらい、不思議な感覚でした。

五十嵐:そうなんだよ。王林が“じょっぱり魂”で演じているのを見て、録音部は泣いてた。君の姿をみて、いつもはすごく冷静なカメラマンも泣いてた。王林の“じょっぱり魂”が、スタッフの中に化学反応を起こしたの。木野花さんも「あのシーンは王林のリアルな“じょっぱり”だった」って言ってましたよ。

見る人の立場によって感じ方が変わる映画。花田ミキの深い愛を感じて

―今回の映画出演は、王林さんにとって、どんな意味を持ったのでしょうか。

王林:最近、人とちゃんと本音で向き合う瞬間がなくなってきたなと王林は思ってて。大人になるってこういうことなのかな、本音を隠して人と付き合うのが正解なのかなって思いながら生きていた気がするんです。そんな現状に寂しさも感じてた。

でも、この作品と出会って、「やっぱりそれは違う、相手と本音で話すことは大切なんだ」と思えた。演技の幅が増えたとか、女優として生きていきたい道が見えたとかじゃなくて、人として大切なことをこの映画を通して学ばせてもらった思いでいっぱいです。

この先また演技をしたいかと聞かれたら、「したくない」と答えますけど(笑)、この作品と出会えたからこそ感情の枠が広がった気がしているので、これから先、人生を生きていく中で、本当に素晴らしい宝物のような時間をもらったなと思っています。

五十嵐:芝居が上手か下手かではなく、一つの経験として彼女のプラスになった作品だと僕は思う。王林が今後芝居をするのかもわからないし、彼女の人生もあるし。でも、僕も監督をやっていてすごく面白かったです。

―最後に、この映画の見どころをおふたりから教えてください。

王林:王林が演じたちさとは架空の人物ですが、花田ミキさんのやったことはすべて実話なんですよね。そして、この映画には戦争の悲惨さ、昔の青森の姿、家族や夫婦の在り方、友達の大切さや人との向き合い方など、いろいろな要素が込められています。

この映画は、見る人の立場、見るタイミングによって、感じるものが違うと思うので、いろいろな方に見ていただきたいですし、1回では伝えきれないくらいのたくさんのメッセージが詰まっているので、そこを受けとめていただけたらなって思います。

きっと今、寂しい思い、孤独な思いを抱えている人の心にも、花田ミキさんの深い愛がちゃんと伝わるんじゃないかな。

五十嵐:花田ミキさんは、人嫌いで孤独な老後だったと言われているんだけど、僕からすると、なんでこんなに多くの人を助けてきたのに、人嫌いになったんだろうって、最初はそこに興味があったんです。

でも作品を撮り終わった今、花田さんは偏屈で、じょっぱりなんだけど、実は魅力がいっぱい詰まった人のように感じて、実は孤独ではなかったんじゃないかなとも感じます。

僕ね、今のこの日本で、1日1日を生き抜くことはすごく大変なことだと、最近つくづく思うんです。だからこそ映画で、花田ミキという女性の人生と、ちさととの心の交流を見ていただいて、「明日も生きよう、頑張ろう」っていう気持ちになっていただけたら、監督冥利に尽きるなって思っています。

五十嵐匠(いがらししょう)プロフィール

1958年、青森県⻘森市出身。日本映画監督協会所属。弘前高等学校、立教大学文学部卒。岩波映画・四宮鉄男監督に師事。TBS『兼高かおる世界の旅』制作のため、アラスカをはじめ、世界各国を回る。以後フリーに。⻑編ドキュメンタリー映画『SAWADA』(1996年・毎日映画コンクール文化映画グランプリ)、映画『地雷を踏んだらサヨウナラ』(2000年・浅野忠信主演)毎日映画コンクール主演男優賞。映画『HAZAN』(2003)(榎木孝明主演)ブルガリア・ヴァルナ国際映画祭グランプリ、映画『島守の塔』(2022年・萩原聖人、村上淳、吉岡里帆、香川京子・監督脚本)ほか多数。

●映画『じょっぱり―看護の人 花田ミキ』公式X @hanada_miki

王林(おうりん)プロフィール

1998年4月8日生まれ、青森県弘前市生まれ。小学3年から「弘前アクターズスクール」に入り、2007年から『アルプスおとめ』・2013年に姉妹グループの『りんご娘』に7期メンバーとして加入し、2022年3月までリーダーとして活動。故郷、青森県をこよなく愛し、第一次産業や地方活性化のために芸能活動に情熱を注いでいる。『Girls Award』等のイベントに出演するほか、タレントとして東京キー局のバラエティ番組に多数出演。東京の芸能事務所に身を置きながら、引き続き青森に在住している。趣味は歌うこと、香水集め。特技は即興ソング、水泳。

●Instagram @ourin_ringoooo


取材・文:小澤彩

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