特殊メイクが不気味さを演出する映画『歩女』(あゆめ)。主演俳優・黒沢あすかの振れ幅の大きい演技に注目

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2024年8月3日より新宿K’s cinemaにて公開される映画『歩女』(あゆめ)。

梅沢壮一(うめざわそういち)監督が誇る、造形と特殊メイクの高い技術が発揮され、細部までこだわって制作された新感覚サスペンス映画です。

夫が監督、妻が主演の今作で振れ幅の大きい役を務め、その演技力の高さが魅力的な俳優・黒沢あすかさんにインタビューしました。

映画『歩女』作品紹介

©「歩女」ソイチウム

交通事故で記憶の一部がおぼろげになったユリは、不動産屋で働きながら慎ましく暮らしていた。そんなある日、宮内という男が部屋探しにやって来る。その日以来、“靴”に対してなぜか異様な感覚を持ち始めるユリ。そしてついに“それ”は現れた。何かをユリに訴えかけるように不気味に蠢く“靴の生きもの”―――。その靴に足を通した瞬間、謎の残像や何者かの声が次々にユリの脳裏に浮かび始める。やがてユリはその靴の生きものに導かれるように、自身の過去にまつわるひとつの真実にたどり着く。

引用元:https://www.ks-cinema.com/movie/ayume

映画『歩女』は「靴」に導かれる物語。静かな凪のような状態で役に向き合った。

ー映画『歩女』というのはどのような作品になっているのでしょうか?

黒沢あすか(以下、黒沢):私の演じたユリという人物はあることをきっかけに記憶を無くしているんです。そして、精神的負担がかかると自分の身体に震えが出てきます。

でもその震えの原因が分からないので病院に通って治療しながら改善しようとする、というように日々を懸命に生きている女性を中心とした映画です。

今回の映画はホラーというよりも、ミステリーな雰囲気の作品です。

ーこの映画では「靴」が重要なテーマになっていると思います。

©「歩女」ソイチウム

黒沢:そうですね。映画で登場するあの靴は、実際に撮影現場にあるんです。CGとかではなく、実態がそこにあるという感じです。

あの靴は本物の生き物みたいにウニョウニョ動きますが、実際に履いたり脱いだりできるんですよ。色々な技術を駆使して、本当によく作り込まれている靴です。

ーサスペンス要素もある作品でニュートラルな役作りをするにあたって大変だったことや気を付けたことなどはありましたか?

黒沢:今回の『歩女』の台本を読んだとき、ユリというキャラクターに静かな印象を持ちました。

梅沢壮一監督のホラー映画には何度か出演させていただいているのですが、今まで演じてきた感情の起伏が激しいようなアプロ―チは正解ではないと思いました。

静かな凪のような状態で、常にユリというキャラクターや物語全体を捉えていくという作業を心がけていましたね。

私はうっかりすると感情が高ぶりやすいので、心の中に錨(いかり)を下してユリに向き合うということをこの作品を通して意識していました。

ーユリというひとりの女性を演じてみて、どうでしたか?

黒沢:もともと私自身が3人の息子を育てていて、かつては日常生活の中で大きな声を出すことも多くありましたが、子ども達が成長してくるとそういうことってなくなったんですよ。

だからあまり感情を荒立てないユリの性格に共感する部分も増えて、ユリというひとりの女性を演じやすくなりました。

何十年かぶりに母親でもなく、結婚もしていない、その日その日を生きていく女性を演じるというのはとても興味深かったし楽しかったですね。

母親という一面を役に投影しなくていいということが新鮮でしたし、集中して演じることができたと思います。

主演俳優が語る映画『歩女』の魅力とは

©「歩女」ソイチウム

ー現場の雰囲気について教えてください。

黒沢:和やかな雰囲気でした。

私が演じたユリは誠ハウジングという不動産屋さんに勤めていて、一緒に働くメンバーを石澤美和さん、川添野愛さん、橋津宏次郎さんたちが演じています。

皆さんそれぞれ個性的で、その個性が炸裂する時があるんですよ。そうなったら本当に笑いが止まらなくて、リハーサルでもかなり笑っちゃって…(笑)。

私は何か考えている風に演じながらも、実は奥歯を噛みしめていたり…。

でも大切なシーンだったので気持ちが抜けちゃいけないなって思ってました。そういう時は自分を叱っていましたね。

ー和気あいあいとした雰囲気だったんですね。他の共演者とのエピソードはありますか?

黒沢:そうですね。三土幸敏さんは「役に生きているな」と思いました。三土さんの演じる宮内という人物に沿って、撮影中はあまり接点を持たないように心がけていらしたのかなと思いました。

集中を切らさずに程々の距離で皆さんとコミュニケーションを取りつつ、という感じだったような気がします。そうすることで他の俳優さんも役に入りやすい空気感になっていたのかもしれません。

ー山や工場のシーンがありましたが、撮影地は主にどこだったのですか?

黒沢:山は東京の日の出町です。工場っぽい、あの怪しげなシーンはソイチウムの工房で撮影しました。

※ソイチウムは特殊メイクアーティスト梅沢壮一さんが主宰の工房

ソイチウム自体が2階建ての建物で、1階を工場と、回想シーンの監禁場、そして2階を不動屋さんに飾り込んで撮影していました。

自分の工房なら血が飛ぶようなシーンも、気兼ねなく撮影できますよね。撮影で使われる血もちゃんと落ちやすい成分で調合されたもので、きれいに落とすことはできるようになっています。

監督の自主制作ということや短い撮影期間のことを考えると、距離の離れた遠い場所で撮影するのは最小限にとどめなければならないということもありました。

ー撮影期間はどのくらいだったんですか?

黒沢:5日間で、のちに追加撮影が1日ありました。詰め詰めではあったんですけど、スタッフさんが映画やドラマの一流の方達で、スケジュールの管理も含めてすごく手早いんです。

もう無駄な動きがなくて、どうやったら現場が早く回るかという先手を考えてくださるから、短い撮影期間でもストレスはなかったですね。

ーこの作品の見どころを教えてください。

黒沢:今回の『歩女』はユリが第二の人生として歩む再生の物語としても捉えられると思います。何気ないワンシーンでユリのバックグランドを語っていたりとか、そういう伏線の落とし込みがあるんですよね。

そこに映された映像をただ見るのではなく、ユリと結びつけて考えながら観てくれたらと思います。「映画の始まりがユリの人生の始まりとも重なっているのかな?」というように、映画全部を通してユリという女性がどうなっていくのかということを観ながら考えてもらいたい。

色々な方向に意識を向けてもらえれば、映画の言いたいことがちゃんと分かるんですよ。雰囲気的なものでなくて、実はちゃんと細かい部分が説明になっています。

最初は色々な映像技術に目を奪われてしまうと思うので、2回観てほしいです。2回観ることで気が付く部分も増えて、『歩女』を深く理解できるのではないかと思います。

ー確かにそうですね。2回目のほうが細かいところまで目を向けられると思います。

黒沢:全部見どころではありますが、特にユリの歩く背中にも注目してほしいです。

ただの後ろ姿だと思って見るのではなく、その奥深くにユリの生き様があるんですよ。

©「歩女」ソイチウム

ポスターの下の方にもありますが、あのシーンには夜道に佇むユリと歩くユリ、二人のユリがいますよね。彼女は記憶の一部がおぼろげになっていても「前へ前へ進まなきゃ、人生を生きなきゃ」って思っていて…。

でもそうやって進んでいった先にあるはずの終着点は見えず、立ち止まったりグルグルしたりもしてしまいます。そのシーンは「思い出せない」というユリの表現にもなっているのではないかと思います。

それぞれのシーンの受け取り方も含めて色々繋げて考えながら楽しんでもらえれば、いくつもの深みを感じながら見てもらえるのではないかと思います。

夫が監督を務める映画で主役を演じる。夫婦二人の想いが映画の原点

ー梅沢監督と黒沢さんはご夫婦ということですが、どのようにして出演が決まったのですか?

黒沢:オファーが来たという感じですね。もともと二人で作品を作りたいとは話していました。

彼は元々映画監督を目指していて、その中で特殊メイクに魅力を感じ20代で特殊メイクの道を選んだそうです。40代になって、映画監督も諦めきれず、そのまま悶々と考えているよりは一歩踏み出してやってみようということになり、監督としての活動も始めました。ちょうど妻は女優をやっているし(笑)。

私もエキセントリックな役から脱却したいっていう思いがあったので、自然と自分たちにしか出来ない映画を作ろうということになっていきましたね。

ー俳優という立場から見てみて梅沢監督はどのような監督だと思いますか。

黒沢:梅沢という人間が作り出す映像マジックって言ったら大げさかもしれませんが、特殊メイクアーティストとして色々な現場に行って見てきたことや、若いころから海外作品・日本作品問わず映画をたくさん観てきたことから影響を受けて、一本一本進化させながら映画を作っていると思います。

特殊メイクアーティストとして造形の技術も生かしながら映画を作っているからこそ、彼のこだわりが作中の随所に発揮されているんですよね。

本人も「まだまだ学ばなければならないことがある」と言っていましたが、この映画の出演者という立場からすると「お、すごいものを作ってきたな」という感じです。

監督として自分が好きなものだけを追及するばかりでは目指したい監督にはなれないと思うし、でも自分の色を忘れないというのも大事なことなので、梅沢監督は難しいことに取り組んでいて、挑戦し続けているんだなと感じました。

ー梅沢監督の映画はホラー色が強いように感じます。

黒沢:彼の最初の作品は、本人が「ホラー作品を出す」って言っていたのでホラー要素が濃く、本当にコアなファンしか喜んでくれないような作品だったかもしれません。

でもまずは自分が作りたいものをつくってみて、本人が世の中の動きや、行き詰まることなど、色々なことに気づきながらやってたほうがいいだろうと思いました。だから私も一生懸命演じましたね。ホラーって結構大変で…(苦笑)。

ーホラー作品で演じるにあたってコツみたいなものはあるのですか?

黒沢:大げさに演じることですかね。特に海外では振り切って演じたほうが、大笑いしてくれるんですよ。怖がるというよりも、血しぶきのスケールが大きければ大きいほど大拍手ですごく盛り上がってくれるように、お芝居も盛り気味になったりしますね。

日本のホラー作品はジワジワ恐怖が迫ってくるような作品が多いんですけど、それは見てすぐに認識できるものではなく、五感をフルに使って言葉にできない恐怖を感じ取って味わうという感性を日本人が持っているからなのかなと思いますね。

ー『歩女』の公開に合わせて2019年に公開された『積むさおり』も再上映されますね。こちらの作品のアピールポイントも教えてください。

黒沢:この作品はどちらかといえばサスペンスにアート色が加わった作品だと思います。一点集中で感情を高めて演じたシーンもあったので、闘争心を持って演じたことは間違いないです。

この作品は「夫と一緒に住んでいる生活の中で、抱えてしまうストレスによって悶々としてしまう女性」を中心に描かれた映画です。共感できて頷ける作品になっているところが魅力だと思います。

黒沢あすか(くろさわ あすか)プロフィール

1971年12月22日生まれ、神奈川県出身。1990年に『ほしをつぐもの』(監督:小水一男)で映画デビュー。

2003年公開の『六月の蛇』(監督:塚本晋也)で第23回ポルト国際映画祭最優秀主演女優賞、第13回東京スポーツ映画大賞主演女優賞を受賞。2011年に『冷たい熱帯魚』(監督:園子温)で第33回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。2019年に『積むさおり』(監督:梅沢壮一)でサンディエゴ「HORRIBLE IMAGININGS FILM FESTIVAL 2019」短編部門・最優秀主演女優賞を受賞。

主な出演作に『嫌われ松子の一生』(2006/監督:中島哲也)、『ヒミズ』(2012/監督:園子温)、『渇き。』(2014/監督:中島哲也)、『沈黙-サイレンス-』(2017/監督:マーティン・スコセッシ)、『昼顔』(2017/監督:西谷弘)、『楽園』(2019/監督:瀬々敬久)、『親密な他人』(2022/監督:中村真夕)、『658km、陽子の旅』(2023/監督:熊切和嘉)などがある。

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