シェイクスピアの『から騒ぎ』を、昭和の鎌倉に置き換えて描かれる舞台『昭和から騒ぎ』。
恋と勘違いが交錯する三谷幸喜さんの喜劇に、次女・ひろこ役として出演するのが松本穂香さんです。
ベテラン俳優たちに囲まれた稽古場で感じたこと、舞台ならではの表現の難しさ、そして俳優としての現在地について――。
今年デビュー10周年を迎える松本さんの、充実した“今”を伺いました。
舞台『昭和から騒ぎ』作品紹介
元祖ラブコメ、シェイクスピア作『から騒ぎ』が、古都・鎌倉を舞台にした三谷喜劇に大変身!
聞き耳、立ち聞き、盗み聞き…。虚実が飛び交い、騙し騙され振り振られ、果たして2組の男女は愛を成就できるのか??
三谷幸喜が初めて挑むシェイクスピア喜劇の翻案上演に、是非ご期待を!
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舞台は鎌倉にある日本家屋。東京の大学に勤めるドイツ文学研究者・鳴門教授(高橋克実)の屋敷。ここには鳴門教授と長女びわこ(宮沢りえ)、次女ひろこ(松本穂香)、女中の明日香(峯村リエ)が暮らしている。
今日は、久々に鎌倉にやってくる旅芸人一座の話題でもちきりだ。
長女びわこは、一座の看板役者・紅沢木偶太郎(大泉洋)が昔から気に食わないようで、今日も悪口が止まらない。
そこに、何年ぶりかで公演にやってきたという挨拶に、噂の木偶太郎が花形役者となった尾上定九郎(竜星涼)と若手役者の荒木どん平(松島庄汰)を連れて鳴門家の屋敷にやってきた。
久々に顔を合わせたびわこと木偶太郎だったが、いきなり強烈な舌戦の火ぶたが!!
周りが口を挟む隙間さえ与えない2人だったが、父親の鳴門教授はそのやりとりを楽しんでいる様子。
2人の言い合いが一段落し、木偶太郎と2人になった定九郎は、熱に浮かされたように打ち明けてしまう…。ひろこに恋をしてしまった…と。そこに巡回中の巡査・毒淵(山崎一)が現れて…。
顔を見ればいがみ合ってばかりのびわこと木偶太郎。
互いへの思いを静かに熱く募らせる定九郎とひろこ。
この対照的な2組の男女の行く末に、果たして、明るい未来はくるのだろうか?
5月25日(日)より全国5カ所(東京・大阪・福岡・札幌・函館)で上演。
(※舞台『昭和から騒ぎ』公式サイトより引用)
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三谷版シェイクスピアは、吉本新喜劇にも通じる温かな世界

―松本さんは今回、三谷さんの作品に初めて参加されますね。
松本穂香さん(以下、松本):マネージャーさんから「こういう話をいただいてます」と聞いたときは、びっくりしました。三谷さんの作品はずっと見ていましたし、“喜劇のすごい方”というイメージがありました。私も喜劇が好きなので、嬉しかったです。
―いろいろなテイストの作品に出られていますが、喜劇というのはお得意のジャンルですか?
松本:好きではありますが、難しいなとも思います。ちょっとした言い方の違いなどで受け取られ方が全部変わってきますから。狙いすぎてもダメなんだろうし…。
以前舞台『ふくすけ2024 -歌舞伎町黙示録-』でご一緒した松尾スズキさんは「喜劇にはルールがある。こういうセリフにこう返したら、笑いが起きる」とおっしゃっていました。でも、その境地にたどり着くまでには、まだ果てしなく遠い道のりが必要というか。
―今回は、シェイクスピアを原案に、舞台を昭和の日本に置き換えたお話です。松本さんにとって“昭和”とはどんなイメージですか?

松本:私は昭和を生きてはいないのですが、昭和時代の作品に出る機会は何度かあったんです。その時に感じたのは、やっぱり人と人との距離感が近いということ。
現代は、隣にどんな人が住んでいるのかもわからないこともありますよね。もちろん作品の中だからというのもあるのかもしれませんが、昭和には温かいイメージがあります。
―今回はさらに、家族という、より近い関係性を演じられますよね。
松本:みんながみんな、かなりキャラが強めの人たち。その面白さやおかしみの中で、姉妹の絆を大事に描けたらいいなと思っています。
「お姉さんより先には幸せになれない」みたいなセリフも、流れないようにきちんと表現していけたらいいなと。
―演じていて難しいと思われる点はありますか?
松本:大泉さんが「今回の舞台はシュール」だとおっしゃるように、どういう表現をするか、みんなまだバランスを模索中なんです。でもその曖昧な部分が、また面白いです。
―三谷さん自身も初めて挑むというシェイクスピア劇。どんな舞台になるのか、想像もつきません。
松本:今回の舞台は、吉本新喜劇に通ずるものを感じています。何かのためにみんなで協力して芝居を打ち、ある人を騙して良い方向に持っていく、みたいな。
私は大阪出身で、吉本新喜劇を見て育ちました。“駐在さん”のように「なんであなたが仕切るんだ」みたいな人が仕切りだして、最終的にはみんなでワイワイしながらハッピーエンドで終わる…。
今回のストーリーにも、そんな昔からある喜劇の良さ、普遍的な温かさをすごく感じます。
―ご自身の役柄については、どんなふうに捉えていらっしゃいますか?
松本:ひろこは、可愛らしくて、自分をしっかり持っている、素直な人ですね。
ポワッとしていて、何を考えているかわからない、ちょっとした厄介事や揉め事があったらすぐ逃げちゃうお父さん。
何でもひねくれた言い方をしてしまう姉。
その下にいる妹のひろこは、多分しっかりするんじゃないかなと思うんです。
―そうなのですね。
松本:ただ、三谷さんの演出がちょっと風変わりで、「あれ、この子、マトモじゃなかったっけ』って、突然思わせてくるようなところもあったりするんですよね(笑)。
キャラクターを考えると、“なんでそういう行動が?”と思う瞬間もあるけれど…。
先輩たちは「あまり考えすぎずにやっていい」とおっしゃってくださるので、受け入れて演じています。あまり凝り固まらずに、「人っていろんな要素があるよね」という感じで。
毎日のように、稽古が始まる前に新しい演出が入ってくるんです。突然「あそこでああしてみてください」みたいな。例えば「ここでちょっとゴロゴロしてみて」という感じに(笑)。
本当に変な行動なんですけれど、やるしかないからとりあえずやってみよう、という感じで演じています(笑)
でもそこが楽しくてしょうがないです。
―ご自身と役柄の共通点はありますか?
松本:ちょっと気が強くて、ちゃんと言いたいことは言う、みたいなところは私にもあるので、その部分は役と共通しているかなと思います。
名優たちに支えられ、自由に芝居と向き合う

―稽古場の様子はいかがですか?
松本:すごく暖かいというか、一緒に演じている俳優さんが私の親世代の方が多かったりして、「こんなお父さんがいたらいいなぁ」と思っています。理想的な現場ですね。
私よりも年上の方ばかりですが、皆さん温かく、私を対等に見てくれています。
ピリピリした感じもトゲトゲした感じも全くないですし、本当に皆さん可愛らしい方が多い。三谷さんご自身がすごく柔らかい方ですし、すごく居心地が良いです。
―大泉洋さん、宮沢りえさん、高橋克実さん…。確かにベテランぞろいです。それぞれの役者さんのエピソードがあれば教えてください。
松本:大泉さんとは以前共演させていただいたことがあるんです。
その時は私も緊張していて、あまりお話ができなかったのですが、今回は大泉さんからいろいろと話しかけてくださいました。ご家族の話をしてくださったりも。
そうそう、三谷さんと大泉さんの攻防が印象的なんです。
大泉さんが「ここでなんでこんなセリフを言うんですかね」みたいなことを言うと、三谷さんがあの様子で「シェイクスピアなので」みたいな(笑)。想像した通りのやりとりが面白くて!

―宮沢さんは女優としての大先輩ですが、どうですか?姉妹になれそうでしょうか?
松本:宮沢さんは私にとって、昔からご活躍を見て来た方。お稽古の時には隣に座らせていただいて、いろいろアドバイスをいただいたり、お話ししたりしています。
宮沢さんはいろいろ教えてくださるんです。
「昔自分も言ってもらって身になったことだから」とおっしゃって、一つ一つアドバイスしてくれるというか。
例えば靴下のこと。本番では、滑り止めのついた靴下を履いてお芝居をするのですが、「これ履いたらいいよ」って、稽古の時に滑り止めの靴下をくださいました。
あとは、私がパーカーを着て稽古していたのですが、本番では袖がないから「ここはまくっておいたほうがいいよ」とか。優しくアドバイスしてくださって、すごく助けられています。
そういったやり取りの中でだんだんつながりが濃くなっていっていると思うので、皆さんの目に姉妹として映ればいいなと思います。
―相手役の竜星さんとは年代も近いですね。
松本:竜星さんも、ものすごく濃いんですよ。何度見ても笑っちゃう(笑)。
隣に立っていたらうるさいくらいの声量で(笑)。
三谷さんが竜星さんに「泥まみれになるくらい、床でジタバタしてほしい」と伝えると、竜星さんはためらいもなく、すごい演技をされる。そこが素敵だなって。
とにかく心がずっと開いてるんです。そこはすごく見習いたいし、盗めるところは盗んでいきたいなと思っています。私も、竜星さんくらい、ぶちまけられたらな、と思いますね。
あとは(高橋)克実さん!私と宮沢さんは克実さんの娘役なのですが、芝居中、娘の名前を間違えるんです(笑)。
また、毎日、三谷さんが新しい演出をつけてくださるので、ドイツ文学の教授という設定の克実さんに、急にドイツ語を喋らせたりするのも、楽しくてしょうがないです。
笑っちゃいけないようなシーンでも笑っちゃう。それを我慢するのが課題みたいなところではありますけど、とても楽しいです。
―ベテランぞろいの舞台で、女優として、どんな刺激を得られていますか?
松本:自由の面白さを学ばせてもらっています。皆さん、柔らかさの塊。考え方が柔軟なんです。
同じお芝居、同じセリフでも、毎回ちょっとずつ自由に変えてくる。楽しんでお芝居されている雰囲気に、舞台の良さを実感します。
その場に自分が参加できていることが、すごく幸せに思えるキャストの皆さんだなと、日々感じます。
―大泉さんと竜星さんは、三谷演出を経験されている先輩ですよね。三谷さんの攻略法を教えてもらえましたか?
松本:この間、パンフレットの座談会をしたんです。その時に大泉さんがおっしゃっていたのは、「三谷さんはとにかくハプニングが大好き」ということ。
以前の舞台で、大泉さんが出なければいけない場面で、三谷さんがグッと大泉さんの腕を引いて、舞台に出られなくしたことがあったみたいなんです。当然、舞台上はざわつく(笑)。あるときは、突然出演者ではない立場の三谷さん自身が舞台に出てくることもあったらしいんです!
大泉さんいわく、「三谷さんは本番に入ると邪魔なんだ」って(笑)。
でも、ハプニングが好きって面白い方だな、可愛らしい方だなと思いました。今回の舞台ではどんなハプニングが起こるのか、今から楽しみです。
気付いたらもう10年。同じところにとどまらず進んでいきたい

―今まで数多くの映像作品に出られていますが、舞台と映像作品の違いはどんなところでしょう?
松本:舞台で映像作品のように演じていると、思っているより小さく収まってしまうんです。少し大きめに動かないと伝わらないので、そこはちょっと苦戦している部分ではあります。
ただ、「舞台も映像も、お芝居すること自体は変わらない」と言う先輩もいます。「映画、ドラマ、舞台。それによって演じ方を変えたりする人もいるけれど、実はそうじゃない。全部同じなんだよ」って。
それが理想だと思いますし、舞台も映像も、基本は変わらずにやれたらいいなというのが目標です。
―大きな作品に呼ばれることが多くなっていますが、新しい仕事に挑むときにはどのように考えて臨んでいるのでしょうか?

松本:毎回こうする、といったこだわりはないですし、役によって挑み方も変わります。
今回もそうですが、ベースとして役の大事なものは持ちつつも、何でも柔軟に対応できるようでいたいなと思います。
たとえ監督から無茶ぶりがあったとしても、とにかく思いっきりやれたらいいなと。わからなくても、とりあえずやってみる精神が大事かなと思っています!
―ポジティブですね!そんな松本さんでも落ち込んだりすることはあるんでしょうか。
松本:ありますよ!皆さんとそんなに変わらないと思います。お仕事していて落ち込むことって、誰しもあると思いますし。
そんなときは、おいしいものを食べたり、好きな作品を見たり、友達に会ったり…。そういう基本的な、単純なことでリフレッシュしています。
―ちなみにオフの日の過ごし方は。
松本:見たい映像作品を見ることですかね。好きなホラー系を見るとか。
Netflixのシリーズでいうと、『アドレセンス』とか『ブラック・ミラー』が大好きです。
ホラー作品はけっこう過激だったりもするのですが、おそらく単純に刺激になるんだと思います。深く考えずに終われる感じで。
―そんな松本さんも今年でデビュー10周年ですが、この10年間を振り返っての思いと、今後の展望も教えていただけますか?
松本:気づいたら10年、という感じです。まだまだ未熟者という意識でいるので、日々勉強ですね。
これから先も、同じところにとどまらず、いろんな新しいものを取り入れつつ、日々学んで進んでいけたらなって。変わらないところは変わらずに。
―松本さんにとっては、高校の演劇部時代が女優の原点なのかなと思います。あの時の自分になんて声をかけたいですか?
松本:あの時の自分からは、想像もつかないところに来ているなという瞬間はたくさんあります。今作も「大泉洋さんや、すごい人たちと一緒に三谷さんの舞台に出るよ」って言ったら、びっくりするんじゃないでしょうか。
―最後に舞台への意気込みをお願いします。
松本:三谷さんがつけてくださる演出や脚本は、一人ひとりのキャラクターがすごく可愛らしいんです。自分もその一人になれるように、埋もれずに、楽しくお芝居できたらなと思っています。

松本 穂香(まつもとほのか)プロフィール
1997年2月5日生まれ、大阪府出身。2015年に芸能界入り。出演作に、連続テレビ小説『ひよっこ』(2017年)、『この世界の片隅に』(2018年)、『JOKER×FACE』(2019年)、『ミワさんなりすます』(2023年)、『嘘解きレトリック』(2024年)ほか。また映画『おいしい家族』(2019年)、『わたしは光をにぎっている』(2019年)、『酔うと化け物になる父がつらい』(2020年)、『君が世界のはじまり』(2020年)、『桜のような僕の恋人』(2022年)、『“それ”がいる森』(2022年)、『恋のいばら』(2023年)などに出演。趣味・特技はお菓子づくり・映画鑑賞
●Instagram @weekly_matsumoto
●X @matsuhonon
取材・文:小澤彩
撮影:髙橋耀太
ヘアメイク/尾曲いずみ
スタイリスト/道端亜未