大ヒット映画『カメラを止めるな!』を手がけた上田慎一郎監督の最新作『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』が11月22日に公開されます。
地面師詐欺を軸に壮絶な騙し合いを描いた本作の裏話や撮影秘話を、上田監督に伺いました。
映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』作品紹介
税務署に務めるマジメな公務員・熊沢二郎(内野聖陽)。ある日、熊沢は天才詐欺師・氷室マコト(岡田将生)が企てた巧妙な詐欺に引っかかり、大金をだまし取られてしまう。親友の刑事の助けで氷室を突きとめた熊沢だったが、観念した氷室から「おじさんが追ってる権力者を詐欺にかけ、脱税した10億円を徴収してあげる。だから見逃して」と持ちかけられる。犯罪の片棒は担げないと葛藤する熊沢だったが、自らが抱える“ある復讐”のためにも氷室と手を組むことを決意。タッグを組んだ2人はクセ者ぞろいのアウトロー達“どんな役にもなれる元役者”“強靭な肉体の当たり屋”“特殊な偽造のプロ”“母と娘の闇金親子”を集め、詐欺師集団《アングリースクワッド》を結成。脱税王から大金を騙し取る方法を、所有者に成りすまして土地を売る地面師詐欺に設定し、綿密&大胆な計画を練り上げ、チームは壮大な税金徴収ミッションに挑むが……その先には「裏」を読み合う壮絶な騙し合いバトルが待ち受けていた。
映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』公式サイトより引用
豪華キャストが繰り広げる怒涛の“騙し合い”。外さないキャスティングで大作を生み出す
ー公開前ですが早くも注目が集まっています。映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』はどのような作品なのでしょうか。
上田慎一郎監督(以下、上田):この映画は“地面師詐欺”が一つの題材になっています。この映画の原作である韓国ドラマの『元カレは天才詐欺師~38師機動隊~』(2016)も地面師詐欺を含む話で、原作ドラマは1話約60分で16話までありますが、今回の映画『アングリースクワッド』では最初の6話分を約2時間の映画にギュッと詰め込みました。
そうすることで濃度の高い作品に仕上がって、鮮やかな疾走感のある映画になったと思います。
地面師詐欺というのは説明するのが難しいうえに、今回はそれほど詐欺自体について深入りして描いているわけはないので、どこまで地面師詐欺の要素を入れ込むかというバランスを悩んだこともありました。しかし、地面師詐欺のドラマが話題になったことで、地面師詐欺の概要を理解してもらいやすくなったので、タイミング的にはラッキーでした。
ー確かにタイムリーですね。原作ドラマも視聴したことがありますが、マ・ドンソクさんの演じた役を内野聖陽さんが演じるというキャスティングがすごいと思いました。
上田:内野さんが以前に出演されていた『スローな武士にしてくれ~京都 撮影所ラプソディー~』(2019)というドラマを見た時に、内野さんが「かっこいい面」と「かっこわるい面」、対極にある両方の演じ分けが素晴らしかったのを覚えていました。
今回の熊沢二郎というキャラクターを演じるに当たって、「普通の公務員として働いているおっちゃん」に見える必要があったので、高い演技力を持つ内野さんにお願いしました。
俳優のスター性を消して、真面目に働く普通の公務員になってもらうことで、この映画を見てくれる方に「これは自分の物語だ」と共感してもらいやすくなるんです。
ー上田監督は役に合った俳優さんを見つけるのがすごく上手だなと思います。他のキャストはどのように決まっていったのでしょうか。
上田:天才詐欺師である氷室マコト役は岡田将生さんにオファーをしようということはすぐに決まりましたね。日本の俳優さんの中で「イケメン天才詐欺師」を演じるとしたら誰だろうと思ったときに、真っ先に思い浮かんだ俳優さんが岡田さんでした。
内野さん演じる熊沢の部下役の川栄李奈さんもすぐに決まりました。川栄さんが演じた役は、悪事を許せない血気盛んな税務署員で、スーツを着ているのにスニーカーを履いているんです。猪突猛進で実直なキャラクターを、川栄さんなら濁りなく再現してくれるだろうと思いました。
ー脱税王・橘大和を演じた小澤征悦さんもすごくフィットした役どころだったと思います。
上田:最近だと悪人側にも同情できる事情があって…というように描かれることも多いですが、今回は「シンプルな悪役を演じましょう」と小澤さんと話して決めました。私も大好きな俳優さんですが、橘を見てすごく冷酷で悪い人だなと思いましたね(笑)。
ー撮影現場での思い出深いエピソードなどはありますか?
上田:内野さんと1対1での打ち合わせを何回もしました。内野さんは脚本にいっぱい付せんを貼っていて、脚本の最初のところから「ここはどういうこと?」という疑問や「こうしたほうがいいんじゃないか」みたいなアドバイスを受けて、たくさん話し合いました。
企画から撮影までの時期にはコロナ禍の影響も受けました。流行が収まってきたと思ったら再拡大してしまい、撮影開始がどんどん延期されてしまって…。
やっと撮影が始まったと思ったら、僕がコロナにかかってしまったんです。スケジュールを遅らせるわけにはいかない状態だったので、数日間は現場に行けず、自宅からタブレットを使ってのリモート参加で乗り越えました。
「自分のプランが“壊される”」監督目線で語られる意外な撮影裏話
ー撮影していて一番印象に残ったシーンはどこでしたか。
上田:幾つもあるのですが、一つは熊沢(内野さん)と橘(小澤さん)がビリヤードで対決するシーンです。内野さんも熊沢と同じでビリヤード経験があまりなかったため特訓していただいて…。
熊沢がスーパーショットを決めるシーンがありますが、あれはCGではないんです。熊沢と内野さん自身が重なって、「特訓した上で本当に決める」という臨場感を撮らないといけないシーンだと思っていました。
だからあの場面の内野さんの喜びは本物です(笑)。
ーそうだったんですね。映画の撮影地はどこだったのでしょうか。
上田:ロケ地は数多くありますが、中野税務署や中野サンプラザ、旧中野区役所のオフィスなど、その多くを中野で撮影しました。中野区役所の方にはエキストラとして出演していただきました。
中野区役所は撮影に使われたことが一度もなかったらしいですが、新庁舎に移転してしまうからその記念に、ということで撮影許可が下りたんです。年季の入った壁のあるオフィスを探していたので、まさにぴったりでした。
中野税務所は基本的には立ち入れない場所ですが、中野区役所の方々とアポなしで税務署に向かって、「建物の中を見せてくれませんか」と頼んだところ、写真撮影はNGでしたが見学をすることができました。写真を撮れないのでみんなで必死にスケッチとメモを書いていましたね。
僕自身も中野区民なので、もしかしたらご縁があったのかもしれないです(笑)。
ー映画の撮影に中野区が協力するというのはすごいことですね。これほどの規模の映画は上田監督にとって初めてのことだと映画のホームページで拝見しました。
上田:今までは規模が大きくないものや、今はまだ有名ではない俳優さんたちとワークショップを経て作った映画が多かったですが、今回は芸能界のスターたちをキャスティングしていますし、僕が今まで作ってきた長編映画の中では一番規模が大きい作品です。
ハリウッド映画のようなワクワクするスケール感を目指して作った部分もあるので、この映画の世界観やストーリー自体もスケールの大きいものだと思います。
ー今までの映画より規模が大きいという点で、いつもと違った心境だったのではないでしょうか。
上田:気持ちとしてはあまり変わりませんでした。しかし制作面で言うと、規模が大きくなってスタッフの人数も増えたので、1カットの撮影により時間がかかりましたね。
「時間がかかるのは良くない」という意味ではなく、スタッフのみなさんはいくつもの現場を経験してきたプロで、引き出しが多いから、話し合いの中で「こっちの方がいいんじゃないか」「こういうのはどうかな」というアイディアがたくさん出てきました。
一度自分のプランが“壊される”というのは新しい感覚でした。
ただ、意見を出し合って映画制作を進行するということは、今までの規模が小さい現場でもできていたので、今回の現場でも変わらずにそれができては良かったなと思います。
映画監督・上田慎一郎「この映画が今の自分のすべてで、いずれ通過点になる」
ー着々と売れる映画監督へのステップを登っているように思います。上田監督の映画作りへのこだわりを教えてください。
上田:“面白さ”を第一に考えるようにしています。自分にとって、まずは見てくれたお客さんを“楽しませる”ことが大事なので、自分の言いたいことや作品が伝えたいテーマよりも面白さを重視しています。
映画作りで言えば、話し合いながら一緒に作り上げていくスタイルは続けていきたいです。監督が指示を出してすぐ決まる現場もあれば、みんなで話し合って作り上げていくという現場もあって、やはりそれぞれに良し悪しはあると思います。
映画監督として、現場で更新されないぐらいの強度のあるプランを作れた方がいいですが、プランを変えるとなったときに柔軟な対応をして、新プランを構築し直せる能力も必要です。なので、そこのバランス感覚や現場に合わせる柔軟さをもっと鍛えたいです。
ー第一に人を楽しませようと考えるからこそ、上田監督の作品から人の温かさを感じるのかもしれません。
上田:こだわりとまではいきませんが、物語の組み立て方やキャラクターの描き方は、監督それぞれに“資質”としてしみついているものであり、無意識のうちに滲み出てしまう“こうしたいな”という“志”のようなものだと思うんです。
最終的に決定を下す映画監督という立場に立つ者として、100%の責任を持てるようになるためにも、それはちゃんと“こだわり”に昇華させなければならない部分でもあります。
ーなるほど。上田監督はご自身の作品すべての脚本に関わっているそうですね。
上田:脚本を全て任せて、監督だけ務めるというのはやったことがないですね。今回は実写の長編映画としては初めて共同脚本で作り上げたんですよ。自分では書けないようなところや気づけなかった部分はあるので、いつかは脚本を全てお任せして、監督だけ務めるということにもチャレンジはしてみたいです。
僕は脚本を書くことで世界観のイメージの解像度が上がりますし、台本に演出も組み込めるので、自分で脚本を書くやり方の方がしっくりくるスタイルではあると思います。
ー上田監督の作品のストーリー展開や発想は面白いものばかりです。そのアイディアはどこから来ているのでしょうか。
上田:今までの作品は奇をてらった部分が目立ち、ジャンルの枠からはみ出たような作品が多かったように感じるかもしれません。その根底にあるのは「まだどこにもない新しいものを作りたい」という気持ちです。
だからよく見かけるような作品はあまり作りたくないと思っています。ただ、今回も原作あり。ジャンルの枠からはみ出るようなことはせず、その枠の中で最大限の面白さを創ろうと思いました。
ー今回は今までにないほどの大作になったと思いますが、これまでの監督人生を振り返ってみてどうですか。
上田:僕はあまり中長期的な目標は立てない人間で、目の前のことにいつも必死で向き合って取り組んでいたら、いつの間にか今ここにいるという感じなんです。
映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』で“やっとここまで来た”という思いもありますが、それでも一つのターニングポイントです。
この映画が今の自分のすべてであり、いずれ通過点になるんだろうなと思います。
ー「いずれ通過点になる」すごくいいお言葉ですね。
上田:あとは実際に公開されてからお客さんの声を聞いてみないと分からないです。作品の広がりを感じながら、次第に自分にとってこれはどんな作品になったかということが分かってくるんだと思います。
ー確かにその通りだと思います。最後にひとこと、お願いします。
上田:「見ている2時間は飽きさせないぞ」という気持ちで作ったので、今からジェットコースターに乗るかのような気持ちで座席についてほしいです。
実は『アングリースクワッド EPISODE ZERO』というスピンオフドラマも撮影していたんです。これはどのように詐欺集団が結成されたのかという、劇場版の3年前を描いた前日譚で、Leminoで11月14日から配信されています。劇場版につながる物語もあるので、ドラマ版とあわせて2セットで『アングリースクワッド』という作品を楽しんでもらえたらうれしいです。
Leminoオリジナルドラマ『アングリースクワッド EPISODE ZERO』
11月14日より配信開始。Lemino、Youtubeにて第1話が無料公開されています。
ドラマ『アングリースクワッド EPISODE ZERO』公式サイト
上田慎一郎(うえだしんいちろう)プロフィール
1984年、4月7日生まれ、滋賀県出身。2009年に映画製作団体を結成。『恋する小説家』『テイク8』など10本以上を監督し、国内外の映画祭で20のグランプリを含む46冠を獲得。18年に初の劇場用長編『カメラを止めるな!』が2館から350館へ上映拡大する異例の大ヒットを記録。19年に『イソップの思うツボ』(共同監督作)と『スペシャルアクターズ』が公開。20年5月にコロナ禍を受け、監督・スタッフ・キャストが対面せず“完全リモート”で制作された作品『カメラを止めるな!リモート大作戦!』をYouYubeにて無料公開。その後、『100日間生きたワニ』(21)、『DIVOC-12』(21)、『ポプラン』(22)が公開。23年「#TikTokShortFilm コンペティション」にて、短編『レンタル部下』がグランプリを受賞した。
映画『アングリースクワッド 公務員と7人の詐欺師』公式X:@angrysquad2024
取材・小澤彩