超大型俳優の米本学仁。ハリウッド発、日本に逆輸入の俳優人生。「世界のどこに呼ばれても行く」仕事への情熱

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体重180キロ、演技未経験でいきなりハリウッド映画で役者としてデビュー、交際0日婚と、話題に事欠かない俳優の米本学仁さん。プラスサイズの貫禄と抜群の英語力で、現在は日本に拠点を置きつつ、グローバルに活躍しています。

海外に出たい日本人にとって、米本さんのたどった道のりは参考になるかもしれません。

今回は、“米本流・海外でのキャリアの重ね方”から、事務所の社長である今の奥様との幸せな生活まで、たっぷりお聞きしました。

映画プロデューサーを夢見て渡米し、睡眠時間2時間で語学をマスター

―米本さんは、ハリウッドが役者としてのスタートですよね。

米本学仁さん(以下、米本):役者としての生まれはアメリカですね。キアヌ・リーブス主演のハリウッド映画『47RONIN』で役者・米本が産声を上げて、今は日本で改めて役者としてのキャリアを積み重ねているところです。

2013年のデビュー以来、ずっとアメリカを拠点に活動していましたが、映画『総理の夫』(2021年)出演を機に日本に帰国してからは、日本に腰を下ろして活動をしています。

総理の夫
ある日突然、愛する妻が総理大臣に!?田中圭、中谷美紀主演で贈るヒューマンコメディ

今でもアメリカにマネージャーとエージェントがいるので、海外の仕事も受けられるスタンスは継続中です。

―役者デビューがアメリカで、日本での活躍が後というスタイルが、「逆輸入」なんて言われることもありますよね。そもそもどんな経緯でアメリカに渡られたんですか。

米本:きっかけは26歳のときに海外の痛ましいニュースを見たことですね。当時、大学を卒業したものの、就きたい職業がなくて、アルバイトに近いような仕事ばかりして生活していました。

でも海外の紛争の様子を報じたニュースで、多くの民間人が犠牲になっていることを知り、つらくなってしまって。どうして世界ではこんな悲しい出来事が起きているんだろうと、1ヶ月くらい真剣に悩んだんです。

おそらく、人に対する思いやりがないから、人間を盾として利用してしまう。じゃあ思いやりってなんだろう。そんなことを考えているうち、“僕に思いやりの心、想像力を教えてくれたのは、幼少期から見ていた映画であり、音楽だった”と思い至るんです。

小さいときから映画館でもテレビでもレンタルビデオでも、映画を欠かさず見たし、『インディージョーンズ』を見ては、冒険家に憧れていました。ロビン・ウィリアムズ、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノにダスティン・ホフマン…。俳優で映画を見た後は、ケン・ローチやジム・ジャームッシュなど、監督からも映画を見て。僕は数多くの映画に育ててもらいました。

そうだ、映画を作る側、プロデューサーになろう。僕が好きな監督たちとコミュニケーションをとるとなると英語が必要か。映画を作るとなるとハリウッドか。…そんなシンプルな発想で、ロサンゼルスの海辺の街、サンタモニカの語学学校に留学する手続きを速攻で進めました。

映画のプロデューサーになるという確固たる目標があったから、とにかくまずは英語力をつけようと思って、語学学校では睡眠時間2時間くらいで毎日、必死に勉強しました。

―語学学校で睡眠2時間って、どんな勉強ですか(笑)。

米本:大学は外国語学部だったんですが、入国審査でも英語は全く理解できず、笑顔で微笑むことしかできませんでした。入った語学学校でも先生の言っていることが全くわからない。これではまずいと、そこから考えるのも、話すのも英語でやろうと決めました。

日本人留学生ともすべて英語で話す。レポートの宿題が出たら図書館に行って、4冊くらい本を借りてきて、それを全部読み込んでレポートを作る。語学学校の課題で求められる以上のものを作っていたかもしれません。時間がいくらあっても足りなかったですね。

―語学学校には、“アメリカの雰囲気を楽しむ”みたいな感覚の留学生も多いと思うんですよね

米本:英語が話せることを示す言葉で、“ペラペラ”という言葉があるじゃないですか。あの言葉の定義って、人によって全然違うと思うんです。

普通の人の感覚だったら、日常会話を話せて、相手が何言っているのか理解できたらペラペラだし流暢。でも、仕事として、役者として、アメリカでいろんな役を演じるとなったら、“英語っぽく話す”のではなく、発音もより自然に聞こえるようにしなくてはいけない。そこで“英語っぽいアクセントを消す”必要が出てきます。

僕にとっては、英語はあくまでも道具であり、その先に映画のプロデュース、役者としてのレベルアップという目標がありました。目指すゴールが違ったと思います。だから僕は僕なりのペラペラを求めていました。

180キロの体型に目をつけられて、ハリウッドデビューを果たす

―プロデューサー志望だったのに、なぜか役者デビューされたのも不思議です。

米本:サンタモニカでお笑い芸人のなかやまきんに君さんと一緒にいたときに、いきなりアメリカ人の男性から声を掛けられたんです。「君、演技に興味ない?」って。その人は“US SUMO(相撲)”という、お相撲さん役をマネージメントしている会社の人で、僕の体格に興味を持ってくれたんですね。

連絡先を交換してから5日後に、「オーディションを受けてみない?」と彼から再び連絡をもらいました。僕は役者になる気はなかったけれど「プロデューサーとしていい経験になるかも」と思い受けてみました。

軽い気持ちで行ったんですが、演技の勉強はしたことはなかったけど、自分なりに精一杯やったら審査員に大受けでした。そこからご縁がつながり、とんとん拍子にハリウッド映画『47RONIN』への出演が決まりました。運が良かったです。

―役者をやるといっても、日本とアメリカのお国柄の違いはありそうですよね。

米本:違いはありますね。アメリカは契約社会で、俳優はユニオンに守られていますし、作品の規模やお金のかけ方も違います。

でもそれは、日本の作品が悪いということでもなくて、たとえアメリカより予算が限られていても、機動力をもって動けて、そのときの空気感がうまく表現できるっていうのは逆にいい部分ですね。

アメリカだからこうだ、日本だからこうだと画一的に思うのではなく、毎現場、毎現場、目の前の人たちと一緒にどうやっていい作品を作るのか、どうやったら面白くできるのかと考えて動くだけ。現場ごとに違う言語で演じるような、そんな感覚でいます。

メキシコの映画やインドの現場にも参加しましたし、インドネシアからスタッフが来て福島で映画を撮ったこともあって…すべての現場が全然違うことを前提に、その状況を楽しむようにしています。

今は全世界からの出演オファーを受けているので、“ヨネモトタカト”を必要としてくれる現場が日本や世界のどこかにあって、タイミングが合えば、いつでも、どこへでも行きます。ラブコメもやってみたいし、ホラーも…苦手なジャンルだけど挑戦したい。僕が活きられるアイディアがあれば、ぜひやりたいですね。

海外進出するなら、1つのチャンスを次につなげるための準備はしっかりと

―日本でも、海外で活躍したいと思っている人はたくさんいると思うんですが、アメリカンドリームをつかんだ米本さんから何かアドバイスがあれば。

米本:うーん。僕が言えるのは、“成功にも失敗にも方程式はない”ということですかね。

僕みたいに、偶然ご縁をもらって1作目から大きな映画に出演できた、なんてラッキーもある。でも、正攻法で何年も何年もトレーニングを重ね、ようやくその役にたどり着ける人もいる。これって確率論ではないので、自分が自分に責任を持って、心の赴くままにドン!とやってみるしかないと思います。

でも、ひとつやれることがあるとしたら、それは、どんなチャンスが来てもいいように、“ちゃんと準備しておく”ことだと思うんです。

ラッキーなご縁をもらっても、そのときにご縁を活かせる自分自身になっていなければ、そのチャンスを最大化できないと思うんですよね。そして、仕事を継続していくことができない。語学であれ、演技力であれ、チャンスをつかみたいなら準備は必要かなあと。

―なるほど。

米本:あとは、海外で成功したいという気持ちはあるかもしれないけれど、自分がどうしてそれをやりたいのか、自分はどういう人間なのか、本当にそれって自分に必要なことなのか…。そういうことを、つねに自分自身と対話し続けるのも大事かなと思います。

目標のために、“やるべきことをやらなくちゃ”っていうのは、誰もが思っていること。でも、もし思ったことができなかった場合、「自分にはできなかった…」と落ち込んだりします。でも本当はどうなんだろう。

ひょっとしてそれは「やれなかった」んじゃなくて、「それとは別に、やりたいことがあったからできなかった」のかもしれないじゃないですか。そのときの自分にもっと優先すべきことがあったから、やらなかったのかもしれないんです。

自分自身の気持ちや生き方と照らし合わせて進む道を決める。それは役者に限らずどんな職業でも大事なことじゃないかなって僕は思います。

「薫さん」「タカトさん」交際0日で結婚した妻がマネージャーに

―もうひとつ、米本さんにお聞きしたいのは、「出会って1.5ヶ月、交際0日で奥様との結婚を決めた」というお話なんですが。

米本:薫さん(奥様)とは、たまたま日本に帰国して映画の撮影をしていたときに出会いました。お互いに「好き」という気持ちはありつつも、お付き合いとまではいかない状態で1ヶ月半くらい過ごしたある夜のこと。

「僕ってこんな、ちゃらんぽらんな人間で」って言う僕に、薫さんは「いいよ」って。

「性格も変わらないかもしれません」って言ったら「大丈夫、変わらなくていいよ」。

「仕事もコロナ禍だから、当分ないかもしれないんです」「気にしなくていい」…。

こんなにフラットにありのままの僕を受け入れてくれる人は、今までひとりもいなかった。

だから、「こんな流れだけど、結婚しよっか」と言ったら、薫さんが「うん、しよう」って。

―うわ、ロマンチックですね!(笑)

米本:薫さんは「全部大丈夫だから飛びこんでおいで」って言ってくれて。

僕ね、実は小さい頃は、すごく内気な子だったんですよ。小4のときに、これじゃダメだ、「人気者のよんちゃん」になろうと思いました。でも、根っこの部分には、いろんな心の癖があるし、心の中に服をたくさん着こんで生きてきた気がするんです。

それを1枚1枚脱いで、もう脱ぐものもなくなって。自分の芯にある、愛してほしい、守ってほしいという赤ん坊みたいなものを全部受け入れてくれる。初めて安心できた。それが薫さんかなと思うし、自分の今かなとも思いますね。お互いにとっての絶対的な安全地帯になってます。

撮影:奥田晃介

―4月からお2人で事務所を始められましたよね。奥様が社長兼マネージャーで。

米本:薫さんは、多分、世界中で一番、僕の魅力を分かってくれている人だと思うんですよね。社長兼マネージャーが、僕という商品の魅力を信じてくれているって、すごくいいなと思うんです。仕事や打ち合わせにマネージャーと一緒に行くとき、現場まで手をつないで行って、仕事帰りにまた手をつないで帰るって、今までなかったパターンだなって思っています(笑)。

ただ、僕のことを可愛いと思ってくれているのはありがたいんですけれど、「タカトさんの等身大の抱き枕を商品化したらどうだろう」とか、「タカトランドを作ろうよ」とか、本気なのか冗談なのかわからないことを言ったりもするので、そのあたりは手探りというか、目下調整中ですね(笑)。

―なんだかいいですね…!米本さん、とっても幸せそうです。

米本:はい、幸せです!

撮影:山口呼夏

米本学仁(よねもとたかと)プロフィール

1979年3月9日仙台生まれ、大阪育ち。役者/Actor、声優、モデル、ミステリーハンター。身長180cm、体重180kg。ハリウッド映画『47RONIN』でキアヌ・リーブスと共演をかわきりに、数々の映画やCM撮影に参加。日本でもNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』(2022年)、『どうする家康』(2023年)に2年連続出演、『ガンニバル』(Disney+スター)、『全裸監督』(Netflix)、『ONE DAY〜聖夜のから騒ぎ〜』(フジテレビ系)、『トクメイ!警視庁特別会計係』(フジテレビ系)ほか多数の作品に出演。妻は個人事務所(SUPER UNIVERSAL合同会社)社長兼マネージャーの米本薫。

●X @ takato_yonemoto
●インスタグラム @ takato_yonemoto

取材・文:小澤彩/アイキャッチ画像 撮影:山口呼夏

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