福田ますみ氏のルポルタージュを核に、三池崇史監督が緊迫のエンターテインメントとして映画化した『でっちあげ 〜殺人教師と呼ばれた男』。
メディア報道によって過熱し、追い詰められていく一人の教師。その姿を描いたスリリングな展開は、観る者の胸を締めつけます。この作品で、対立する原告側と被告側の弁護士を演じたのが北村一輝さんと小林薫さん。
撮影現場の空気感、そして俳優として第一線に立ち続ける2人の信念を伺いました。
映画『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』作品紹介
20年前、日本で初めて教師による児童への虐めが認定された体罰事件。福田ますみのルポルタージュ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』を映画化。三池崇史が監督を務め、綾野剛、柴咲コウ、亀梨和也、木村文乃、光石研、北村一輝、小林薫ら豪華キャストで描く、日常の延長線にある極限状況。男は「殺人教師」か、それとも……。
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2003年、小学校教師・薮下誠一(綾野剛)は、保護者・氷室律子(柴咲コウ)に児童・氷室拓翔への体罰で告発された。体罰とはものの言いようで、その内容は聞くに耐えない虐めだった。これを嗅ぎつけた週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨和也)が“実名報道”に踏み切る。過激な言葉で飾られた記事は、瞬く間に世の中を震撼させ、薮下はマスコミの標的となった。誹謗中傷、裏切り、停職、壊れていく日常。次から次へと底なしの絶望が薮下をすり潰していく。一方、律子を擁護する声は多く、“550人もの大弁護団”が結成され、前代未聞の民事訴訟へと発展。誰もが律子側の勝利を切望し、確信していたのだが、法廷で薮下の口から語られたのは——「すべて事実無根の“でっちあげ”」 だという完全否認だった。
これは真実に基づく、真実を疑う物語。
2025年6月27日(金) 公開
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「まさか三池作品から声がかかるとは」緊張しながら撮影に臨んだ小林薫。そのとき北村一輝は…

―今回の作品に出演を決められた理由を教えてください。
小林薫(以下、小林):僕、三池さんとお仕事するのは初めてなんですよ。助監督をされている映画に僕が出演させていただいたことはあったんですけれど。
僕のイメージでは、三池監督はエンターテインメントのお仕事をされている方という印象だったので、僕なんか三池作品からはお声が掛からないだろうなと思っていて。
今回よくキャスティングしてくださったなと思って、嬉しかったので「やらせていただこう」ということだけですね。
北村 一輝(以下、北村):僕も、三池さんが監督だったから出演を決めました。
小林:僕ね、いきなり法廷シーンが最初の撮影だったんです。三池監督がどういう撮り方をされる監督さんなのかわからなかったし、それなりに緊張して現場に入りましたよ。
カット割が続いていく監督さんなのか、長回しするタイプなのか…。どんな演出をするのかわからないから、セリフをしっかり覚えていかないとまずいなあと思いながら。
かなり緊張してやっていたと思うんですけれど、北村くんは監督と付き合いが長いらしくて、独特の信頼関係が2人の間に出来上がっていたんです。
だから2人の姿を見て「いいな」と思いながら、僕1人で緊張してやっていました。

―北村さんは、三池監督とは『日本黒社会LEY LINES』(1999)以来、25年位のお付き合いでしょうか?
北村:いや、それよりも前から、ずっとご一緒してます。映画ではなくて、Vシネマの時代から作品に参加しているので。
僕も映画に出演できるようになるまで、三池さんも映画が撮れるようになるまで、結構時間がかかったんです。そんな時代からずっと一緒に過ごしてきました。
例えるなら、劇団のメンバーが劇団の昔の演出家と一緒に仕事をするような…。一緒に育ってきたみたいな感じです。
小林:見ていると、北村くんは監督に全部許されている感じがしました。
北村:そんなことはないですけれど(笑)。安心はします。長年の信頼感というか。
「三池監督はすごく柔らかい雰囲気のある方(小林)」「監督は誰に対しても敬語なんです(北村)」

―撮影中に印象に残ったことがあれば教えてください。
小林:北村くんは監督に愛されてるな、ということですかね。
北村:いやいやいやいや(笑)。
小林:愛されてるよね。僕なんか年齢が上だから、監督も遠慮するところがあったのかもしれないなと、今となってはそんなふうにも思います。
北村くんなんかに対してはもっとフレンドリーだし、仲間意識、信頼関係がある中で撮影が進んでいくわけ。
三池さんは厳しい人なのかと思っていたら、すごく柔らかい雰囲気のある方で、役者さんの演技をどう汲み上げていくかを考えている感じに見えましたね。北村くんとの関係でも、そういう空気感が醸し出されているわけ。それを「いいなあ」と思いながら眺めていました。
僕は三池監督とは初めての仕事だから、甘えていられないなあという感じだったので。
北村:三池監督というのは昔から、どの役者さんに対しても敬語を使うんですよ。
小林:へぇ!そうなんだ。
北村:そうなんです、若い役者に対しても。だから大体、一度三池監督とやった人は、またやりたがる。距離感と、その人を尊重しながら演出していく監督だから。
上から「こう演じろ」っていうことは、多分言わないです。
小林:確かにそうだよね。最初「何やってんだ!」とか、怒鳴り声が聞こえてくるのかなと思ってドキドキしながら現場に入りました。
北村:全然、全然。現場のエネルギーは真逆です。監督は昔からそうなんですよ。だから僕は三池組が大変だという思いはない。
三池監督は何を撮るかが明確に見えている人なのですごく早いし、無駄な時間がないという印象で。厳しいというよりも、役者としてすごく尊重してもらえるような現場なんです。
小林:上から「こういう世界だからこうなんだ」っていう演出じゃないのよ。本当に。
綾野くんなんかに対してもそうなんだけれど、三池監督は、綾野くんが演じたいっていう方向性をよくわかった上で、気持ちを汲み上げていくっていう感じに見えました。柴咲さんに対してもそうでしたし。
北村:なにげに、(監督が)結構いろんなところに気を遣っている分、そのしわ寄せで僕がおちょくられるという(笑)。
―三池監督は北村さんにも敬語で話されるんですか?

北村:いや、どうかな(笑)。
あのね、昔からなんですけど、一生懸命自分なりに良いシーンを演じたときに監督が近寄ってきて、「それでいいのかな?」って僕に聞いたあと、「いいらしいわ」って現場のみんなに伝えるんです。
「スターさんがいいらしいって言ってる」って大きな声で言って、場を和ませる。現場をピリつかせない、そういう配慮が上手な人。だから今回も法廷シーンだからといってピリついた感じは全然なかったです。
小林:そうだよねえ。
北村:俳優さんに「こうしなきゃいけない」とか、「こうしろ」とかいうプレッシャーは一切かけない人です。だから現場は普通に、すごく心地よく時間が流れるっていう感じでした。
綾野剛と柴咲コウとの共演を振り返る。「年齢を経ていい役者になったなぁ」「今回の仕事だからこそ見られた、彼女の姿」

―今回、お2人は原告側、被告側の弁護士として対峙する場面が印象的です。共演シーンの撮影の合間には、何かお話をされたりもしたんでしょうか?
小林:くだらないことを話していたと思うんですよ。役についてなんてしゃべらないですから。
北村:敵対する弁護士同士、撮影の合間までずっとバチバチしているわけでもないですしね。
―綾野さん、柴咲さんとの共演はいかがでしたか?
小林:綾野くんとは、彼が若い時からよく仕事もしていたので、大人になったなあって。年齢を経て、良い役者になったなと思って見ていました。
今回の役どころは、大変な役だったと思うんです。とりあえず僕は彼の弁護士だし、寄り添うことに徹するという感じで横にいました。
柴咲さんとは、1年間ぐらい大河ドラマ『おんな城主 直虎』(2017年)でご一緒していたし、『Dr.コトー診療所』シリーズでも共演したんですけど、今回はそういう感じのキャラクターとは違っていましたね。
柴咲さん演じる律子は、「何考えているんだろうこの人」っていうような感じの役だったんです。
ずっと法廷にいて、自分の信念というか正義をずっと貫いている感じで座っている。
眺めていて「柴咲さん、よくこの役を引き受けたな」と思いました。
“良く見られたい”という思いで演じるタイプの女優さんじゃない。自分をすべてさらけ出して臨んでいるような覚悟が伝わってきました。今回の仕事だからこそ見られた、彼女の姿だったと思います。

北村:僕は…。綾野さんとは『地面師たち』(2024年)を含め、最近共演することが多いですが、いつも一生懸命やっているなあって。集中力のある役者さんだなあと今回も思いました。
コウちゃんは今回、役どころも強烈ですし、演技に引き込まれました。
法廷シーンというのは証拠を揃えて発表する場という感じで、淡々と進むものなんです。でもストーリーが進むにつれて、コウちゃんのキャラクターがどんどん変わっていくのが印象的でしたね。
変わり続けることを恐れずに──ベテラン俳優2人が語る“軸”の持ち方

―俳優という仕事に長く向き合ってこられたお二人にとって、今でも揺るがずに持っている“芯”のようなものがあれば、お聞かせいただけますか?
小林:特別に「これを大事にしてる」というものはないけれど、しいていうなら、現場で健康でいることは常に意識しています。きちんと動ける体にしておかないとね。現場で足を引っ張るわけにもいかないですから。
年齢を重ねると、人はアップデートを避けがちになります。面倒くさくなったりしてね。
でも、共演者や新しい空気との出会いによって、感覚が刺激されて、自然と自分もアップデートされる。その感覚を新鮮に楽しもうとする気持ちは、むしろ年齢とともに大切にしたいと思うようになってきましたね。
―現場で若手が頑張っているのを見て、刺激をもらうということも?
小林:もちろん、それもありますね。
この仕事を長くやっていると、自分の中の“面白さ”が麻痺してくることもあるんです。そうなると仕事がつまらなくなる。
だから、自分をアップデートできる作品や、素敵な人との出会いに恵まれることは本当に幸せなこと。それが今も続いていると感じています。今回の三池監督との仕事も面白いなあと思いました。
今まで挑戦してこなかったことに関われるのは楽しいし、仕事を通じて自分の中に新しい変化があるのは嬉しいですね。若い時より今のほうが、そのことに喜びを感じているかもしれません。
―北村さんはいかがですか?去年もミュージカルやコントに初挑戦されるなど、常にチャレンジされているイメージがありますが、俳優として大切にしていることは?
北村:俳優としてだけでなく、個人的にも「自主性」「客観性」「可能性」という言葉はとても大切にしています。
「自主性」は、自分の興味や前向きな気持ちで動くこと。
そして「客観性」は、自分の考えが必ずしも正しいとは限らないという意識を持ち、他人の視点も恐れず試してみたいという気持ちです。
「可能性」は、自分の中にまだ見えていない部分があるかもしれないという意味。
昔は「映画にしか出ません」という俳優さんもいたと思いますが、今はコンテンツも多様化していますし、情報化社会でもある。時代の変化に適応できる人が残るというか、強いんじゃないかと。
―ここまでいろいろ伺ってきましたが、改めて今この場だからこそ聞いておきたいことや、伝えておきたいことがあればぜひ。
北村:あまりないなあ…。伺いたいことがあれば、全てその場で僕、聞いてしまいますから。「あれ、どうなんですかね。」って。
俳優という仕事は、人から教わってできるものではないと思っています。でも現場でご一緒していると、薫さんの台本も自然と読んじゃうんですよね。“薫さんは、このシーン、セリフをどう演じるんだろう”と。
そして薫さんの演技を見て答え合わせをし、“なるほどな”と思うことも多いんです。自分では発想できないことがたくさんある。それを勝手に学ばせていただいています。
小林:いや、もう…なんて言うんだろう。僕、ものすごい地味なのよ。北村くんみたいに派手な感じで生きられない。いわゆるスターのように華やかじゃないの。
北村:いやいや、急に何を言いだすんですか(笑)。
僕も本当に、めっちゃ地味ですよ。派手には生きられないです。
小林:北村くんのことを「この人、テレビの人だ。銀幕の人だ。スターさんだ」と、どこかで思ってる。もちろん北村くんは後輩だけど、存在感があるから。
ドアが開いてパーッと出てくるその雰囲気、俺にはないんだよ。
北村:薫さんは存在感がすごいです。昔からずっと薫さんのことを見てきたから、今でも一緒の現場にいると緊張感があります。普段、手を抜いているわけではないけど、薫さんの前だと「ちゃんとしなきゃ」と思いますよ。
小林:またまた。「僕も北村くんの前では緊張する」って書いといて。
北村:いや、それは全くないでしょう(笑)。

北村 一輝(きたむらかずき)プロフィール
1969年7月17日生まれ、大阪府出身。1990年にドラマ『キモチいい恋したい!』(CX)で俳優デビュー。99年には映画『皆月』、三池監督作品『日本黒社会 LEY LINES』の出演においてキネマ旬報新人男優賞を受賞し注目を集める。以降、数多くの映画・ドラマに出演。なかでも三池監督作品には、映画『龍が如く 劇場版』(07)、『無限の住人』(17)など長年に渡り参加し続け、それぞれ違った存在感を放っている。近年の出演作は、『地面師たち』(24/NETFLIX)、映画『室町無頼』(25)など。
●Instagram @kazuki_kitamura_official

小林 薫(こばやしかおる)プロフィール
1951年9月4日生まれ、京都府出身。唐十郎主宰の「状況劇場」を経て、1977年に『はなれ瞽女おりん』で映画デビュー。1985年には『それから』、『恋文』で日本アカデミー賞の最優秀助演男優賞を受賞。その後も映画『秘密』(99)では優秀主演男優賞、映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07)では最優秀助演男優賞を再び受賞するなど、数々の功績をおさめた。近年の出演作は、映画『バカ塗りの娘』(23)、『首』(23)、『陰陽師0』(24)、『プロミスト・ランド』(24)、連続テレビ小説『虎に翼』(24/NHK)、特集ドラマ『憶えのない殺人』(25/NHK)では主演を務めた。公開待機作にオリジナルアニメ映画『ホウセンカ』がある。
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取材・文:小澤彩
撮影:髙橋耀太